マラソン中本が引退発表 「速さ」より際だった「強さ」

 初めて取材したのは九州一周駅伝(2013年に終了)と記憶する。初秋ながら汗ばむ陽気の中で力走した中本は「暑さに強いんです」とはっきりと言った。目標は?の問いには「マラソンで頑張りたいんですけど…」。歯切れが悪かった。

 中本はそれを“有言実行”した。当時メディアをにぎわせたのは公務員ランナーの川内優輝や、実業団を飛び出してプロランナーになった藤原新。2人のような派手な言動は好まない。実業団で地道に力をつけ、身の丈にあった結果を出した。

 10年、自身初の世界選手権で入賞にあと一歩の9位。12年ロンドン五輪で6位入賞した。翌年の世界選手権では5位。夏のマラソンで存在感を示し続けた。大きな価値がある結果だったが、「入賞ぐらいで喜べない」とゴールの瞬間はガッツポーズを控えた。

 17年の別府大分毎日でマラソン初優勝を達成。ゴールした瞬間に控えめながら拳を握った。「速さ」よりも「強さ」が際立つランナーだった。

 東京五輪代表を逃した後、中本は「タフさ」も求められるボストン・マラソンの出場を目指していた。だが、20年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止に。中本のこと、思い出づくりとは考えられなかっただけに心が痛んだ。安川電機陸上部のホームページでひっそりと発表された引退。これもまた中本らしかった。 (向吉三郎)

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