「子も親も救う」荒れた生活やめ、7年かけNPO

 傷つく大人も子どもも救いたい。同じ思いをする子をつくらない、つくらせない―。社会的に孤立する家庭を支援するNPO法人「OHS」が2月、福岡市で発足した。代表の宮本一幸さん(28)は7年前、児童養護施設出身者のスピーチコンテストで虐待を受けて育った経験を語り、いつか同じ境遇の親子を支えたいと訴えた。追い続けたその夢が今、動きだす。

乳児院、父の暴力、母の失踪

 宮本さんは生後間もなく乳児院に預けられた。3歳で両親が引き取ったが、父親は男児3人のうち自分にだけ荒れ狂い、暴力を振るった。小1のとき、母親が失踪。兄弟は福岡市内の児童養護施設に入った。

 父親は時折、姿を現し、施設の外に連れ出した。そのたび激しく殴られた。周りは気付かない。「全ての大人が敵だった」。15歳のとき父親が病死した。高校を退学し施設を出た。友人宅を転々とし、中学卒業後の子どもが暮らす自立援助ホームも入退所を繰り返した。荒れていた。

 転機は17歳。寒い冬の夜、ファミリーレストランに入った。顔見知りの小2の女の子が1人で食事していた。首に財布をぶら下げている。「お父さんが仕事でおらんけん」。寂しげに女の子は言った。ふいに怒りがこみ上げた。「なんでこの子がこんな思いをせんといかんとか。社会や、周りの大人は、どうしてこの子を放置するのか」。自分も何もしてあげられない。無性に悔しかった。

 荒れるのはやめた。里親に身を寄せ、定時制高校へ。「子どものための資格を取りたい」。専門学校に進み、保育士資格や幼稚園教諭の免許、社会福祉主事任用資格などを取得した。

 18歳の誕生日。母親からメールが届いた。自分を身ごもった頃、彼女も夫の暴力を受け軟禁されていたこと、妊婦健診を一度も受けず自宅のトイレで産んだこと。初めて知ることばかりだった。「母親を完全に許せたわけではない。でも母親も苦しんでいた。理由があったんだと今は思える」

専門学校、養護施設、教育支援

 スピーチコンテストは21歳、専門学校の学費に充てる奨学金を受けるために参加した。「親も子も、全ての人が本当の笑顔になるため、夢を追い続けます」。思いが、あふれた。

7年前に福岡市であった児童養護施設出身者のスピーチコンテストで
夢を語る宮本一幸さん=2014年7月              

 専門学校を卒業して児童養護施設に勤めた後、フィリピンやカンボジアなどに渡り、貧しい子どもの教育支援の現場などで学んだ。

 2月25日に念願のNPO法人を設立した。名前は「One Happiness and Smile(ワン・ハピネス・アンド・スマイル)」の頭文字。「一つ一つの出来事に幸せを感じ、一人一人が笑顔で生きられる世の中に」

 スタッフは専門学校時代の同級生など2人。貧富を問わず子育てに悩む家庭の相談や子どもの学習支援などを月額千円で請け負う。虐待を受けて施設などで育った子どもの自立支援や親の職業訓練にも取り組む。

 宮本さんは言う。「苦しんでいる子どもの後ろには苦しんでいる親が必ずいる。一生消えない心の傷を子どもが負う前に、親と子を守りたい」

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 OHSは活動資金の寄付を募っている。問い合わせはメール=info@ohsfukuoka.com

(本田彩子)

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