ミャンマーの変化待つしか… 外務省幹部の苦悩

東京ウオッチ

 2月1日にミャンマー国軍によるクーデターが発生し、1カ月が過ぎた。ここ数日、民衆の抗議デモに対し、治安当局が銃撃など弾圧を行って少なくとも20人以上が亡くなり、緊迫の度合いが日々高まっている。欧米が制裁路線に踏み出す中、日本政府はこれまでは国軍との対話を重視し一線を画してきた。理由を、外務省幹部はこう解説する。

 「西側諸国で唯一、国軍とのパイプを持っているのが日本だ。『欧米の圧力』と『日本の対話』で、役割分担をしている」

 かつてミャンマーがビルマと呼ばれていたころ、軍事政権の時代から日本はその国軍と深い関係を保ってきた。アウン・サン・スー・チー氏が長年にわたり自宅軟禁され、人権尊重の観点から欧米が経済制裁に踏み切ったときも、日本は同調しなかった。

 今回も、ミャンマー向けの政府開発援助(ODA)の新規案件を当面見合わせる対応は取るものの、それに「制裁」の冠は載せないように調整しているという。外務省幹部は「ミャンマーの人々の生活を支えることは、引き続きやっていきたい」とも話す。

 だが、1カ月を境に局面は悪い方向に変わった。

独自の対話路線正念場

 抗議デモの参加者の犠牲は拡大し、予断を許さなくなってきた。米国は追加経済制裁の準備に乗り出し、欧州連合(EU)も追加措置を近く発表するとみられる。対国軍の国際的な圧力はいっそう強まる潮流で、足並みをそろえるか否かにその国の「人権侵害」に向かい合うスタンスも厳しく試されている。

 2月上旬。数千人規模の在日ミャンマー人たちが東京・霞が関の外務省を取り囲んで長時間の抗議デモを行った際、くだんの幹部は「部屋の窓を開けて(彼らの声を)聞いていた」。人権尊重、自由、民主主義を求める魂の叫びと、国軍とのパイプを生かして事態の打開に貢献しようとする独自の日本外交とのジレンマに今、もだえる。

 日米同盟、国連主義、国際協調を外交の背骨とする日本政府にとっての正念場。ミャンマー政治の専門家は「国際社会にできることは限られており、国軍の行動変容を待つしかなく、粘り強い働き掛けが必要だ」とする。外務省幹部は言葉を絞り出した。「国軍には国際社会からどう見られているか、分かってもらいたい。ミャンマー国民の幸せのために。そのことに尽きる」(古川幸太郎)

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