鈴木武蔵、恩師の言葉胸に成長 人種の違いでいじめ被害

 サッカー日本代表FW鈴木武蔵(ベルギー1部・ベールスホット)が西日本新聞の取材に応じ、ストライカーとして成長した当時J1の長崎時代の思い出などを語った。ジャマイカ人の父と日本人の母の間に生まれた鈴木は1日に自著を出版。人種の違いを理由にいじめられた記憶を告白した。 (聞き手・構成=末継智章)

 鈴木はジャマイカ人の父と日本人の母との間に生まれた。6歳でジャマイカから日本に移住。幼少期は肌の色の違いなどを理由にいじめられ、「ハーフ」であることのコンプレックスがあった。

 U-16(16歳以下)日本代表の代表合宿に参加していた2010年。吉武博文監督(当時)=大分県出身=が選手に語り掛けた言葉が心に響いた。「生い立ちや文化、肌の色が違っても根本は同じ」。桐生第一高(群馬)2年のときだった。

 身体能力の高さを評価し、吉武監督が初めて年代別代表に招集。「人生のターニングポイント。無名だった僕を発見してくれなかったら、プロになるのは不可能だった」と感謝する。

 「吉武さんは見た目やいろんなことを取り払い、人間性を重んじて選手を選んでいた。ミーティングでは頭を整理してから発言する重要性も学べた。だから当時の代表の多くが今も多く活躍していると思う」と南野拓実(サウサンプトン)や植田直通(ニーム)ら現日本代表を多く育てた当時の代表生活に感謝する。

 卒業後にJ1新潟へ入団したが、期待通りの結果は残せず、18年に当時J1に初昇格した長崎へ完全移籍。ゴールを奪えなかったシーズン序盤、元日本代表FWの高木琢也監督(当時)から「焦っていたら絶対シュートは入らないぞ」と声を掛けられ、クロスボールへの合わせ方を学んだことがきっかけとなり、自己最多の11得点をマーク。19年に移籍したJ1札幌で13得点と更新した。

 「アジアの大砲として実績のある方なので説得力があり、吸収できた。今でも点が入らない時期は監督の言葉を思い出し、励みにしている」

 1日に出した初の自著「ムサシと武蔵」(徳間書店、税込み1650円)ではいじめへの苦悩やU-16日本代表、長崎時代などの思い出をつづり、多様性の大切さを訴えている。

 日本では東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗前会長による女性蔑視発言を機に多様性について議論が起こった。昨夏ベルギーのクラブへ移籍した鈴木は「欧州は他国が隣接していてすぐ別の国に行けるので多様性は生まれる。地理的な要素もあるのでは」と推測。その上で「東京五輪は多様性を考えるいいターニングポイントになる。少しずつ変わっていけば」と期待した。

 鈴木 武蔵(すずき・むさし)1994年2月11日生まれの27歳。群馬県太田市出身。桐生第一高3年時に全国高校選手権ベスト8に入り、卒業後にJ1新潟へ。2018年にJ1長崎へ完全移籍し、自己最多の11得点をマーク。19年のJ1札幌で13得点とキャリアハイを更新し、昨夏ベルギー1部のベールスホットへ完全移籍した。年代別代表では11年のU-17(17歳以下)ワールドカップや原則23歳以下で争った16年のリオデジャネイロ五輪に出場。19年にデビューしたフル代表では9試合で1得点。185センチ、75キロ。

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