「震災10年後、二十歳で再会」4年2組の約束の春

【東日本大震災10年 4年2組 20歳の肖像①

 いつもより遅れて始まった帰りの会。1分間スピーチに立った日直の子が、おじいちゃんに聞いた阪神大震災の話をしていると、教室がゴーッと揺れた。「でかいぞ!」。先生の叫び声が響き、みんな一斉に机の下に潜る。ロッカーのランドセルが飛び出し、ストーブの煙突が床に落ちた。収まらない揺れ。大泣きする子、きょとんとする子…。余震が途切れた隙に、全員で校庭に逃げ出した。

 2011年3月11日。福島県南相馬市の原町第三小学校を東日本大震災の揺れが襲った。二十数キロ先には東京電力福島第1原発があり、児童の多くは家族と共に避難した。4年2組の31人も東北近郊や関東、関西、九州へ。クラスは散り散りになり、年度末を迎えた。

 「贈る言葉も、別れもなく終わった。このまま自然消滅させたくない」

 担任だった佐藤俊彦教諭(50)は、児童が身を寄せる避難所や親族宅を1カ月がかりで捜し、渡せなかった3学期の通知表と学級便りの最終号、自ら制作したクラスの記念Tシャツを届けた。

 突然日常を奪われた子どもたちに、どんな言葉を掛けたらいいのだろうか。考え続けた佐藤教諭は、学級便りにつづった。

 ≪みんなが20歳になったら、ビールで乾杯しながら昔話をしよう。約束しよう 10年後の再会を!≫

 2021年。20歳になった彼らはそれぞれに「約束の春」を迎えた。

              

「学級便りの約束って覚えてる?」

 福島大2年 白井拓人さん(20)

 コロナ禍でオンライン講義の続いた大学生活も春休み。アルバイトに明け暮れる福島大2年の白井拓人さん(20)=福島市=の元に、4年2組で一緒だった友人から連絡が入った。「学級便りの約束って覚えてる?」

 新成人となった4年2組の仲間たちは、担任の佐藤俊彦教諭(50)を中心に10年ぶりの再会となる同窓会を考えている。「俊彦先生、いまどうしているかな」。教員を目指す白井さん。目標は佐藤教諭だ。「教室でギターを弾いたり、カブトムシを飼ったり。とにかく、いつも楽しそうだったんです」

 東日本大震災を境に暮らしは一変した。10歳の白井さんは事態の深刻さを理解できず、翌日も普通に4年2組の仲間と会えると思っていた。ところが、家族はその夜に福島県南部の親戚宅に一時避難し、春からは栃木県の小学校に転校することになった。

小学4年生の頃の白井さん

 新しいクラスは居心地が悪かった。プリントを配ると、周囲の子は自分の手に触れないようにした。ドッジボールではパスが回ってこず、グループ活動でペンを手にすると「おまえが触るな」とにらまれた。そのうち、面と向かって「学校のものを触らないで」と避けられるようになった。

 避難生活は長期化し、その後も群馬県や宮城県を転々とした。中学校ではサッカー部に入って友達ができた。チームは県大会に進む活躍ぶり。「高校でもサッカーをやろう」と約束したのに、また県外に転居することになった。

 「せっかく仲良くなっても、すぐ離れるだけ」「何かに熱中しても、どうせ途中でやめさせられる」-。高校では昼休みに一人で図書室にこもり、誰とも話さない日もあった。

 被災地の子どもには、大切な人と別れ、日常を突然失うことで、人付き合いを避け、無気力になるケースがある。白井さんの心情にも、震災が影を落としたのかもしれない。

笑っていた恩師の言葉を道しるべに

 再び前を向くきっかけになったのが、佐藤教諭の存在だった。高校で進路を考える時、震災直後に栃木県に訪ねてきてくれた姿が思い浮かんだ。

 「久しぶり~」。教室と同じ軽い調子で、各地に避難した4年2組の仲間の近況を教えてくれた。たわいのない話を小一時間しただけ。それでも満面の笑みは白井さんの目に焼き付いた。「自分も被災してつらいはずなのに、わざわざ会いに来てくれた」。どんなに苦しい状況でも変わらない明るさ。佐藤教諭の存在が少しずつ大きくなり、教員を志望することを決めた。

 クラスの誰よりも学校を楽しんでいた佐藤教諭が、よく教室で口にしていた言葉がある。「学校はもともと楽しいところじゃない。楽しみは自分で見つけて工夫することで、つかんでいくものなんだ」

震災後、転校先で孤立した時期もあった白井さん。教員を目指し「今は何でもやってみたい」と話す

 その言葉を実践するように、白井さんは大学でさまざまな活動に打ち込む。交友関係を広げるため、福島を盛り上げる高校生を支援するグループに参加。映画館や競馬場のスタッフ、家庭教師などアルバイトも複数掛け持ちする。

 「人とのつながりって、やっぱり楽しい。今はとにかく、何でもやってみたいんです」。つらかった震災後の暗がりを抜け、暖かな春の日差しの中に飛び込んでいく。

 2011年の東日本大震災を経験し、散り散りになった福島県南相馬市の原町第三小学校4年2組。それぞれに人生を歩み、20歳になった若者たちを訪ねた。

 (山下真、川口安子が担当します)

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