短命のジンクス?幽霊? 首相、なぜ公邸に住まない

 東京ウオッチ

 2月13日深夜、宮城、福島両県で最大震度6強を観測する東日本大震災の余震が発生したのは記憶に新しい。これを機に、菅義偉首相が昨秋の就任以来、首相公邸に入居せず、近くの議員宿舎から通勤を続けていることの是非が議論になった。野党は、国会で「危機管理上、問題がある」と主張して公邸住まいを求めたが、首相はかたくなに応じず。「『短命政権のジンクス』を気にしているのか」「“幽霊”が怖いのかも」…。その理由を巡り、永田町では臆測(しまおくそく)が飛び交っている。

 現在の首相公邸は、1929(昭和4)年に完成した。首相が執務する官邸と同じ敷地にある。鉄筋4階建ての洋館で、延べ床面積は約7千平方メートル。24時間体制で執務可能な施設や、海外からの要人をもてなす部屋のほか、住居機能も備えている。

 2002年までは、官邸として使われていた。現官邸の新築に伴い、一時は解体論も出たものの、昭和初期の面影を残す建物の文化的、歴史的価値は高いとの声が出て、引き続き公邸に利用することとなった。86億円をかけて改修・移動を行い、05年4月から公邸に。移動は、重さ2万トンの建物をレールと台車、油圧ジャッキを用い、秒速1ミリで50メートル南に動かしていく「国内最大級の(ひきや)工事」だった。

首相公邸の外観。完成した昭和初期の面影が残る(首相官邸ホームページより)

 維持費は年間1億6千万円

 現公邸は小泉純一郎氏に始まり、旧民主党政権の野田佳彦氏まで7人の歴代首相が住んだ。安倍晋三前首相は第1次政権(06~07年)時は居住したが、第2次政権(12~20年)では東京・富ケ谷の私邸に住み、公邸はたまに泊まるだけだった。

 さて、現首相の菅氏。第2次安倍政権の官房長官時代から今に至るまで、約1キロの距離にある赤坂の議員宿舎に住み、ほぼ毎日、公用車で2~3分かけて官邸に通っている。公邸に関しては、深夜の外国首脳との電話会談や、週末に新型コロナウイルス対策の担当者から感染状況の報告を受ける際などに使うのみ。関係者によると、夜間や休日は、警備などの人員が官邸よりも少なくてすむ利点があるのだという。

 国家公務員宿舎法により、公邸は「無料で貸与する」と定められているが、首相に入居の義務は存在しない。住まわなくても維持費は生じるため、政府は20年度予算で約1億6千万円を計上している。

ホテルのような首相公邸の正面玄関(首相官邸ホームページより)

 「スーツ姿で就寝している、本当かも」

 災害をはじめ危機管理事態における首相の対応の迅速さには定評がある。

 官房長官時代、地震や豪雨、北朝鮮のミサイル発射などが起きるたび、深夜や早朝でも赤坂宿舎から駆け付け、官邸担当の報道各社の記者がそろう前に記者会見を始め、国民に第一報を発信することもしばしばだった。そのスピード感から、「いつでも飛び出せるようにスーツ姿で就寝している」とのまことしやかなうわさが流布するほど。国のトップとなった今も、その姿勢は変わっていない。

 冒頭で紹介した2月13日、土曜日深夜の地震時はどうだったか。

 気象庁が揺れを検知した午後11時8分の15分後に首相は赤坂宿舎を飛び出し、警護官(SP)とともに近くの通りまで走った。そこで迎えに来た公用車と落ち合い、検知から20分後には官邸に入っていた。それから8分遅れで到着した小此木八郎防災担当相は、思わず口走った。「総理が服を着て寝ているというのは本当かもしれない」      

首相公邸の大ホール。アールデコ様式を取り入れている。世界のVIPとの晩さん会などが開かれる(首相官邸ホームページより)

 野田元首相は「わがままだ」  

 一方、首相の対応に正面から疑問を投げ掛けたのが、自らもかつて公邸住まいを経験した立憲民主党の野田佳彦氏だ。

 地震から2日を経た2月15日の衆院予算委員会で質問に立つと、「もし地震が首都直下だったら、道路が陥没したり、倒壊した建物で寸断したりした可能性がある。そうなれば、20分では(官邸に)到達しない」「北朝鮮のミサイル(が日本に向けて発射された場合)は10分で着弾する。危機管理上、1分、2分がとても大きい」と追及。米大統領とホワイトハウスなど、海外の事例を引きながら「世界の首脳は職住近接のところに住んでいる。(菅首相は)わがままだ」と続け、公邸への入居を再三にわたり促した。

 これを、首相は「(宿舎から)官邸まで歩いても10分だ」「今でも緊急事態に対応する態勢は常日ごろからしっかり取っている」といなした。公邸に入居しない明確な理由は語らず、消化不良感を残した。       

首相公邸(写真左の洋館)は、官邸(写真右のガラスの外観の建物)と同じ敷地にある=東京・永田町

 「夫人への配慮」説も

 ここからは推理の世界である。

 首相側近や周辺は、激務の疲れを癒やすためにも「公邸よりも、慣れ親しんだ赤坂宿舎で寝たいのだろう」と体調管理面の理由に重きを置く。「表舞台に出るのを嫌う夫人に配慮している」とみる関係者もいる。実際に官房長官時代、官邸と同じ敷地にある長官公邸に入居しなかったのも、夫人が難色を示したからだとされる。

 また、「公邸に入居すると短命政権になる」とのジンクスを嫌ったとの見方もある。確かに途中入居だった小泉氏以外、公邸に入った6人の歴代首相は総じて1年前後で退陣に追い込まれている。逆に、入居しなかった第2次政権の安倍前首相は、憲政史上最長の政権を築いた事実がある。

 極め付きは、都市伝説となっている“幽霊”を挙げる説だ。現公邸、つまり旧官邸は、1932年の五・一五事件で犬養毅首相が、36年の二・二六事件では岡田啓介首相の義弟が殺害された歴史上の舞台、現場となった。

 旧民主党の加賀谷健参院議員(故人)は第2次安倍政権時の2013年、こんな質問主意書を提出している。「旧官邸である公邸には、二・二六事件などの幽霊が出るとのうわさがあるが、それは事実か。安倍総理が引っ越さないのはそのためか-」。政府が閣議決定した答弁書の内容は「承知していない」だった。

 実は、菅首相は当時の官房長官として記者会見でこの点を質問され、「いろんなうわさがあることは事実だし、この間、閣僚が公邸で懇談会を開いたときもそういう話題が出たことも事実だ」と答えている。記者が「長官も公邸は何度か入ったと思うが、(幽霊の)気配はあるか」と畳み掛けると、「言われればそうかな、と思う」と冗談めかしてけむに巻いたのだった。

首相公邸の屋上にはミミズクの彫刻があしらわれている。建設当時から不寝番で首相を守っているといわれる(首相官邸ホームページより)

 「鉄壁のガースー」   

 謎解きの答えは結局、口数が少なく容易に真意を悟らせないことから「鉄壁のガースー」の異名を持つ首相の胸の奥にしまい込まれている。

 日本の中枢、都心の一等地。そこだけ時間が止まってしまったかのような緑深い木立に守られ、ひっそりと立つ最高権力者の館、首相公邸-。主は当分、住みそうにない。 (湯之前八州)

 

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