原発政策 事故の教訓未来に生かせ

 東京電力福島第1原発の事故で古里を追われた人たちの言葉を今に伝える朗読劇が16日に福島県内で開かれる。

 舞台は、福島第1原発の10キロ圏にある富岡町の人々の多くが事故後に身を寄せた郡山市の避難施設。その記録本「生きている 生きてゆく ビッグパレットふくしま避難所記」に収められたつぶやきを、高校生から70代までの約20人が演じる。

 NPO法人「富岡町3・11を語る会」が企画した。10年前の体験を忘れず、未来につなぐ試みである。

 富岡町に出された避難指示の大部分は事故の6年後の2017年に解除されたが、現在の住民は事故前の1割にとどまる。町内は建物を解体した更地が目立ち、バリケードの先には放射線量が高く立ち入り規制が続く帰還困難区域が広がる。

 地元に豊かさをもたらしたはずの原発が、住民のかけがえのない日常を破壊し尽くした。語る会の青木淑子代表は「原発で電気をつくるならそれなりの覚悟が必要。福島の現状を見て考えてほしい」と訴える。全ての国民に向けられたものだ。

■得られぬ地元の同意

 あの原発事故から10年。国のエネルギー政策が分岐点に立っている。菅義偉首相が昨年、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を打ち出した。これを見据えたエネルギー基本計画の議論が本格化している。

 再生可能エネルギーの導入加速に争いはなく、最大焦点は原発の位置付けだ。将来の原発ゼロを目指すのか、再生エネと共に原発の利用を続けるのか。針路を明確にする必要がある。

 事故後の12年に政権を奪還した自民党と公明党連立政権は原発を「可能な限り依存度を低減」しつつ「最大限活用する」との曖昧な姿勢を続けている。

 原発そのものへの不安や、推進してきた官業一体の「原子力ムラ」への不信は根強い。国民の多くが脱原発を望んでいるのは世論調査などで明らかだ。

 事故後に全て停止した原発の再稼働は9基にとどまる。原子力規制委員会の審査もあるが、地元自治体の同意が得られないことが大きい。その根底には、10年前の反省や教訓が十分に生かされていない-との思いが広がっているのではないか。

 経済界には電力の安定供給のために原発の新増設を求める声がある。ただ事故後に求められるようになった安全対策費が膨らみ、原発の経済性は悪化している。世界では風力発電など再生エネのコストが下がり、旧来型の原発は安全神話だけでなく低コストも過去のものだ。

■行き詰まる国の政策

 国の原子力政策は行き詰まりの様相を強めている。使用済み核燃料を再処理して取り出したプルトニウム高速増殖炉で活用する核燃料サイクル政策は、高速増殖原型炉もんじゅの廃炉で事実上破綻した。

 青森県六ケ所村に建設中の再処理工場は完成が遅れ、各地の原発には使用済み核燃料がたまる一方だ。保管場所が埋まれば原発を止めざるを得ない。再処理工場が稼働したとしても、プルトニウムを含む混合酸化物(MOX)燃料を安定的に消費できるかは疑わしい。

 核のごみの行方も決まっていない。北海道の寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村で最終処分場建設に向けた文献調査が始まったものの、調査には20年ほどかかる見込みだ。道や近隣自治体の反発は強く、順調に進む保証はない。

 福島第1原発では放射性物質トリチウムを含む処理水の処分が焦点だ。風評被害の懸念から海洋放出を先送りしている。

 エネルギーの原発回帰には積み残しの課題が多すぎる。政府に決断を迫る国民の「覚悟」が問われている。

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