菩薩半跏思惟像の慈愛 大串 誠寿

 ポスターの写真でも分かるように、首に接ぎ目がある。九州国立博物館で展示中の中宮寺の国宝・菩薩半跏思惟像(ぼさつはんかしゆいぞう)。

 微笑と頬に触れる指が典雅な美しさをたたえる。しかし頭を前後に分かつ断裂が物々しい。寄せ木で作られているのだ。1本の大木から彫り出すのが通例だった飛鳥時代の仏像としては異例だ。

 右肩の接ぎ目には楔形(くさびがた)の木材が挿入されており、腕の位置調整に役立ったらしい。しかし同博物館の大澤信研究員(34)によると右の膝からすね辺りも複数の木材を細かく接いで作られているという。

 他にも随所に接ぎ目が見える。不可解な込み入りようだ。そうしなければならない事情があったのだろう。像に縁の深い建物の材を寄せ集めたとみる論者もいる。異例の手法で像を作る困難に挑んだ仏師の苦心が伝わる。

 像の寸法にも興味深いものがある。「仏像は一丈六尺」という規格を無視して等身大で、しかも先んじて存在していた法隆寺金堂の釈迦像と同寸で作られている。顔の長さ、座高ともに法隆寺釈迦像と数ミリしか違わない。面長な顔立ちも似る。

 法隆寺釈迦像は病に倒れた聖徳太子の快癒を願い、太子の妻子が造立したもので、太子の姿を等身大に写して制作されたという。してみると中宮寺菩薩像もまた聖徳太子の似姿ということになる。

 中宮寺像の来歴は明確でないが、当初から太子を強く意識して制作されたと見てよさそうだ。同寺は元来、聖徳太子の母親の居所で、その後寺院になったとされる。菩薩像は、修行中の釈迦の姿を写した男性像なので太子の姿を仮借することに無理はない。

 しかし、この像には慈母の面影が重ねられてきた。複数の現代の文筆家も女性像と見ている。中宮寺が聖徳太子の母を弔う尼寺であることも、そんな錯誤を育んだとみられる。しかし、元来男性像の菩薩を母と思わせるほど慈しみの表現は卓越しているのだ。

 異例の寄せ木造りという難題に直面した仏師は、事業の成功を期してひときわ強く仏の加護を願ったことだろう。その一念が、傑出した姿態の表現を招来したと思える。

 先月逝った母と重ね、像の慈愛たえなる事由を考えた。 (写真デザイン部部長同等)

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