変化に富む「都会の名山」【立花山・新宮町】

※記事は2017年4月1日付本紙朝刊刊から。文中の年齢、肩書、名称などの情報はすべて掲載当時のものです※

 福岡市東区、新宮町、久山町の境にある立花山(367.1㍍)は手軽なハイキングコースとして、多くの人に親しまれている。9日午前11時から山頂で、春の行楽シーズンに合わせた山開きの式典があり、麓で甘酒が振る舞われる。一足早く、福岡都市圏や玄界灘を遠く見渡せる「都会の名山」に登ってみた。 (上野洋光)

新宮町立花口の駐車場に車を止め、10分ほど舗装道路を歩き、登山道に入った。「ようこそ立花山へ」の案内板が立つ広場の小屋には山のパンフレットや竹のつえが準備されている。登山者用の一冊のノートを手に取ると、この日の日付でこう書き残されていた。

 「後期高齢者組、4人の女性グループです。北九州、福岡から約10年ぶりにやって来ました。足が悪くなったので、ハイキング風に楽しんで歩きます」。多くの人に愛されている山の証しだ。

 記者もかつては重いリュックを背負い、険しい山に挑戦していた中年男子。小さな子供たちも遠足にやってくる立花山を「いつでも登れる山」と敬遠してきた。だが、今回初めて足を踏み入れ、変化に富むこの山が好きになった。

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 砂防ダム沿いをゆっくり進むと、程なく分岐点にさしかかった。看板のルート「修験坊の滝」は名前からして険しそうなので今回は遠慮し、全長1200㍍の立花山ルートにする。水場があり、コップもあったので飲んでみた。冷たくおいしい山水でリフレッシュ。

 比較的傾斜の緩やかな山と聞いていたが、どうしてどうして。ロープを張った石場や、階段状に整備されているものの滑りやすい急勾配もあり、イメージと違う。息を切らしながらたどり着いた「山頂まで600㍍」の看板も恨めしい。自らの運動不足をひたすら反省しながら、急坂を休み休み歩くと、尾根直下の石垣跡にようやく到着した。

 立花山の山頂には戦国時代の名将立花道雪(どうせつ)の立花城があった。その石垣跡が今も残る。道雪の家督を継いだ宗茂は1586年に島津勢約4万人の侵攻にこの山城で抗戦し、撃退したという。交易拠点博多を見下ろす重要な軍事拠点だったが、1601年から黒田長政が福岡城築城を手掛けたとき、ここの石垣が使われ、その姿を消した。

 石垣跡から山頂まではもう一息。道に迷いそうな地点に張っているロープに気を付けながら、明るい雑木林を抜けると、かつて城跡だった山頂の広場に。

 人工島、相島、中央区天神のビル群…。全て眼下にある。「思い悩むことがあっても、ここに登れば気分は晴れる」。そんな思いを抱かせてくれるすばらしい眺望だ。

 「天気の良い日には対馬や壱岐も見えるのよ」と週2、3回、この山に登っているという福岡市東区の女性。初めての山で不安を伝えると、途中まで道中をともにしてくれることになった。
 10分ほどだが、山頂からクスノキ原生林を抜ける下り道は急な坂が続く。だが、杉やヒノキばかりが植林されている山と違って、枝ぶりや地表の根っこにも変化があって面白い。
 この原生林には樹齢300年超、樹高30㍍余りのクスノキ約600本が自生している。1928年に天然記念物に、55年には国の特別天然記念物に指定されている貴重な自然だ。
 「樟(くす)の原始林」とある看板の脇を通り、十数㍍下った右手にあるのが「大クス」。幹の周囲は7㍍85㌢、樹高30㍍の巨木だ。意外だったのは、急な斜面に立っていること。足元の不安定さもあり、あまりに巨木で上まで仰ぎ見ることは難しい。根の周囲を歩いて、土を踏み固めないように、今はロープで立ち入りを禁止している。
 帰路は修験坊の滝ルートを通って下山し、1時間半の登山を終了。駐車場の近くには、昨年整備されたばかりのトイレがあり、地元の人々の心遣いがうれしかった。

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