【動画】長浜御殿「阪急帽の子はラーメン120円」半世紀

【福岡を食べる】

 昔ながらの真っ赤なカウンターの席に座ると、黄色がかった張り紙が目に入る。「オリックス・バファローズ帽子の小学生へ ラーメン一二〇円」。豚骨ラーメンとギョーザの店「長浜御殿」(福岡市)が、オリックスや前身の阪急の野球帽をかぶった子にラーメン120円のサービスを始めて、半世紀近い。ここは福岡、ソフトバンクホークスの地元なのだが…。

 昼には作業着姿の男性が麺をすすって空腹を満たせば、すでに瓶ビールをコップに注ぐお年寄りも。夜になると、若者や女性が酒と肴(さかな)でにぎわって、サラリーマンたちが締めのラーメンに立ち寄る。

 新型コロナウイルスの流行前は午前11時から翌日午前3時までの通し営業で、休みは年末年始だけ。「元気にやっとる?」「今日も瓶ビール?」。住吉店(博多区)を切り盛りする統括店長の岩永健次さん(50)が声をかけると、なじみの客の表情が緩む。人情豊かな接客が長浜御殿のモットーだ。

 メニューを見れば、ラーメンが490円のワンコイン。ギョーザ280円、豚足300円、酢もつ250円、ゆで卵60円…。つまみも豊富で、しかも安い。飲んでつまんで、ラーメンで締める、今はやりの「ラーメン居酒屋」の先駆け的存在ともいえる。

長浜御殿の歴史は屋台から始まった=1971年ごろ

 それもそのはず、長浜御殿は屋台から始まった。

 1971年、社長の上木政章さん(73)は結婚2年目の24歳で、長女も生まれたばかり。大手中華料理店の営業職や店長を務めていたが、料理人として独立しようと飛び出した。中洲の小料理屋で修行を断られると、屋台を7軒飲み歩き、売りに出てないか聞いて回った。最後の店で情報を耳にして、貯金をはたいて屋台を買った。元同僚の料理人に教わり、酔客や観光客でにぎわう福岡市中央区長浜でラーメンとギョーザの屋台を構えた。

 だが、なかなか売り上げは伸びない。開店から2カ月、遠征にきていた阪急ブレーブスのスタッフが偶然やって来た。平和台球場が近く、そのそばに宿舎の旅館があった。西鉄ライオンズの熱狂的なファンだった上木さんとの野球談議が弾み、翌日には主力選手も訪れた。屋台を休み、全従業員で平和台球場に応援に行くと、遠征のたびに寄ってくれるまでになった。

 特にひいきにしてくれたのが、3年連続日本一を支えた好打者、背番号12の大熊忠義さん(77)。酒を酌み交わすうちに絆が生まれ、日本シリーズでは「勝つくさ 12番がおるもん」と書いた横断幕を西宮球場(兵庫県)で掲げた。上木さんは「飲みに行くときには自分がごちそうしたい」と一念発起。もうけを増やそうと、76年に「長浜御殿長尾店」(城南区)を開業した。

 野球好きの子どもに来店してほしいと始めたのが「阪急帽」をかぶった子へのラーメンの割引だ。大熊さんの背番号12にちなみ、その値段を120円に決めた。阪急帽の子どもが毎日10人ほど家族とともに訪れ、店は繁盛。年1店舗ずつ増やしていき、79年には市内4店舗に。続けていた屋台はやめて、2015年には城南区に本店を構えた。

 阪急の名選手が愛したメニューが今も残る。12年連続開幕投手を務めた伝説のサブマリン投手山田久志さん(72)といえば、豚足。2号店のオープンに駆けつけてくれた。食べやすいように骨に沿って細かく切ると、3本もおかわり。切れ目を入れるスタイルは今も続き、表面はパリッと、中はもちもちだ。

 半世紀近くもたって、阪急からオリックス・バファローズに球団名が変わっても、野球帽のサービスは今も続く。ラーメンの値段は1杯180円から490円に上がったが、120円は120円のままだ。

 野球帽の子は街でもあまり見かけなくなり、全5店でも1日2人ほど。「最近は子どものサッカー人気が高いけど、お世話になったのはプロ野球」と上木さん。本店に張り紙を掲げた。「プロ野球チーム帽子の小学生へ ラーメン二〇〇」。本店ではオリックス以外の球団の帽子でも割引にしたが、値段は200円。オリックス帽なら120円というのは絶対に譲れない。 (水山真人)

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