虐待か事故か…「揺さぶられ症候群」揺らぐ根拠

 赤ちゃんを激しく揺さぶり脳を傷つける「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」を巡り、逮捕された保護者が裁判で無罪になったり不起訴になったりする事例が相次いでいる。症状から虐待を推認する医学理論に懐疑的な見方が出ているためだ。一方で虐待の早期発見が重要なのは言うまでもない。虐待か、事故か。自宅という「密室」で何が起きたのか、見極めるのは難しい。多角的な検証制度の確立が急務となっている。

 「息子にけがをさせてしまった。その責任と負い目は一生消えない。でもなぜ逮捕され、1年7カ月も引き離されなければならなかったのか」。大阪府の女性(41)は今も苦しむ。

 2017年8月、夫が仕事で不在の時、ソファにつかまり立ちをしていた生後7カ月の長男が後ろ向きに転倒。後頭部を打って意識不明となった。手術で一命を取りとめたが、事態は思わぬ方向へ向かった。

 児童相談所(児相)の職員に事情を聴かれた。「揺さぶりましたか」「高い高いしませんでしたか」。10月には警察の家宅捜索を受けた。捜査員は「複数の医者が、ただ転んだだけじゃこんなふうにならないと言っている」と言った。

 11月、児相は「虐待の可能性がゼロではない」と長男を一時保護し、そのまま乳児院へ入所させた。翌年9月、女性は傷害容疑で警察に逮捕された。取り調べで「おまえは良い母親の仮面をかぶったうそつき」などと罵倒されたという。

 児相や警察が虐待を疑う根拠としたのは、硬膜下血腫▽網膜出血▽脳の損傷-の3兆候があれば暴力的な揺さぶりがあったとするSBS理論とみられる。逮捕前、夫妻は弁護士を通じて脳神経外科医に鑑定を依頼。「軽微な頭部打撲で発生する症状の典型例。虐待の可能性を否定するのが適切」とする意見書を得て、児相や警察に提出していた。

 女性は2日後に釈放され、12月末に嫌疑不十分で不起訴処分に。長男が戻ってきたのは翌年3月だった。

 女性は今も「一瞬でも息子と離れると不安になる」と語る。「児相や警察が『虐待を見逃さない』と思うのは分かるが、それが強すぎて事実に基づかない判断がなされている。普通に子育てしている親から子どもを取り上げないでほしい」

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 SBS理論は1970年代に英米で提唱され、日本でも2000年代以降、刑事事件の立証に用いられている。厚生労働省も「子ども虐待対応の手引き」(13年改正)で、原因不明の硬膜下血腫の乳幼児は「必ずSBSを第一に考えなければならない」とした。

 だが近年、低い位置からの落下や病気などによってもSBSの症状が現れるという考え方が医学的に一定の支持を受け、欧米で無罪判決が相次いでいるという。弁護士らでつくる「SBS検証プロジェクト」(大阪市)によると、国内でも17年以降、少なくとも15件の無罪判決が出た。

 19年10月、大阪高裁は生後2カ月の孫に対する傷害致死罪に問われた祖母について「病死の可能性がある」として逆転無罪を言い渡した。判決は「SBSの理論を単純に適用すると、極めて機械的で画一的な事実認定を招く」と指摘した。

 プロジェクトの共同代表を務める甲南大の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)は「相次ぐ無罪判決を重く受け止め、なぜこのような事態が起きたのか検証すべきだ」と訴える。捜査や児相の判断について「虐待を見過ごしてはならないが、子どもの福祉の観点からも親子を誤って引き離してはならない」とし「必ず異なる視点を持つ複数の医師が診断する仕組みや、児相の一時保護の判断を裁判所がチェックする体制が必要だ」と話す。

 一方、医療や保健福祉、教育、司法、行政などの実務者や研究者でつくる日本子ども虐待防止学会は相次ぐ無罪判決に現場が萎縮することを懸念。昨年12月、「SBSを疑われる子どもに福祉的保護が必要でなくなるわけではない」として刑事手続きと子どもの安全の確保を区別し、調査を尽くして援助方針を決めるべきだとする見解を示した。

 厚労省も本年度、SBSを巡る児相の対応について初めて実態調査に着手。手引きの見直しも含め対応を検討する。担当者は「3兆候は虐待を疑うきっかけに過ぎず、手引きも『総合的に判断する』としている。密室で起きたことをどう判断するか非常に難しい。疑いがあれば慎重を期しながら対応せざるをえない」と話す。 (新西ましほ)

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