五輪海外客断念、決め手はワクチン 苦渋の首相

 海外からの一般観客の受け入れ断念は、東京五輪・パラリンピックに照準を合わせ、訪日外国人客(インバウンド)のもてなし対策に注力してきた菅義偉首相にとって「まさに苦渋の決断」(政府高官)。変異株の脅威増大など新型コロナウイルスの国内外の収束が見通せず、ワクチンも十分な量の確保に手間取っている中、東京大会の開催を最優先するならばやむを得なかったと言える。 

 今月3日、海外観客の受け入れ断念の方向性が報道されると、首相は記者団に「政府は検討とか、そういうことはしていない」と説明した。だが、額面通り受け取る向きは少なかった。

 複数の関係者によると、政府がひそかに断念の検討に入ったのは1月前半だった。新型コロナの新規感染者数が東京都で連日2千人を超え、政府が2度目の緊急事態宣言を発出した前後になる。世論調査で五輪の中止、再延期を求める声が高まるのと相反するように、ウイルス対策の「後手」批判から内閣支持率は急降下。海外でも五輪懐疑論が再びくすぶり始めていた。

 一部の官邸幹部は国内外の諸情勢に鑑み、首相に五輪中止の選択肢も進言した。しかし、首相はこう否んだという。

 「放映権などの問題もあり、中止は国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が認めない。どのような形であれ、絶対にやるしかない」「ただし、海外観客の受け入れを断る検討も内々に進めることにする。受け入れられるかどうかは、五輪までに大半の国民がワクチンを接種できているかによる」

 その直後、突破力に定評がある河野太郎行政改革担当相がワクチン担当に任命された。河野氏は米製薬大手ファイザー社などと直接交渉してワクチン確保を進め、政府は五輪直前の6月末までに、約1億回分(約5千万人分)を供給できる目鼻を付けた。とはいえ、これは「前提として(ワクチン生産拠点のある)欧州連合(EU)の承認が必要」(河野氏)。結果、医療従事者、高齢者以外の国民がいつ接種を受けられるかの見通しは現時点で立っておらず、首相が自ら設けた受け入れ条件は満たせそうになかった。

 海外からの選手、大会関係者と異なり、一般観客は受け入れた場合に感染予防に向けた行動制限や、感染が判明した後の行動履歴の把握といった「管理」が難しい要因も大きかった。加えて、人流とともに変異株などウイルスも国内に入ってくるリスクに敏感な国内世論がうねりとなって政権基盤を掘り崩さぬよう、先手を打つ形でこれを断ち、開催に向けて政府も「痛み」を甘受する姿勢を見せておく必要があったとみられる。

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 首相の政治信条は、インバウンドの拡大を国の成長戦略の核に据えること。官房長官時代には観光ビザの緩和、地方への恩恵拡大などの政策を主導し、首相就任後の所信表明演説でも「(2012年の政権奪還後に)インバウンドは約4倍に」と誇っていた。

 東京大会では最大約100万人と見込まれていた海外観客。その消費効果により、新型コロナ禍で傷ついた経済を回復させる戦略を描いていたが、見直しを迫られることとなった。「政権浮揚のきっかけにと期待が大きかった海外観客効果が丸々、消えた。特に地方経済への影響は大きい」。政府高官は落胆の色を隠さない。

(湯之前八州、一ノ宮史成、前田倫之)

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