古賀さん足腰鍛えた「栄光への石段」 地元佐賀、三四郎の原点

 古賀さんの地元佐賀県内の恩師やゆかりの人が突然の訃報に声を詰まらせた。

 古賀さんが小学生の頃、146段の石段を毎朝7往復して足腰を鍛えたみやき町白壁の千栗(ちりく)八幡宮。約20年前に宮司を継いで以来、交流を続けてきた東正弘宮司(81)は「毎年正月には、家族で初詣のお参りに来てくれた。感謝の心を忘れない人」と話した。

 石段脇には、数々の功績を残した古賀さんをたたえて「栄光への石段」と刻んだ石碑が立つ。今では地元高校の運動部などがトレーニングで訪れるという。「子どもたちは練習の前後、必ず神社にお参りをする。感謝の気持ちを大切にする古賀さんの教えが生きている」としのんだ。

 古賀さんが小学6年生の時に通ったみやき町の中原少年柔道クラブの恩師、平野忻二(きんじ)さん(76)は「引退後は良い指導者として子どもたちに人生の教訓や柔道精神を伝えていた。まだ若いのに、ただただ悲しい」と肩を落とした。

 小学校から大学まで約10年間、共に練習に励んだ佐賀少年刑務所刑務官の吉田英樹さん(52)は1988年のソウル五輪で古賀さんの付け人を務めた。「柔道では厳しく、私生活では穏やかな人だった。世界の舞台で古賀先輩が一番輝いていて、本当にすごい人だと思った」と振り返った。

 (星野楽、岩崎さやか)

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