春待つ「晃桜」22本 熊本地震5年、心癒えぬ両親

【伝える 備える】

 熊本、大分両県で関連死を含め276人が犠牲となった2016年4月の熊本地震で、車ごと土砂にのまれ亡くなった熊本県阿蘇市の大学生大和晃(ひかる)さん=当時(22)=の両親は2年前の春、現場に近い南阿蘇村立野地区の高台に桜の苗木を植えた。晃さんが生きた年の数と同じ22本。復興が進み、一帯の風景は様変わりする中、若葉が芽吹きつつある。父卓也さん(62)と母忍さん(53)は開花を待ち望みながらも、心の整理はまだつかない。

 晃さんは16年4月16日、未明の本震で発生した大規模斜面崩落に巻き込まれた。同14日の前震で被災した熊本市内の友人に支援物資を届け、車で国道57号を走り、阿蘇市内の自宅に戻る途中だった。

 家族には、今もつらい記憶が残る。目撃証言がありながら、関係機関の捜索は半月後に打ち切られた。知人の協力を得て谷底を捜索。晃さんが乗っていた黄色い車体の一部を見つけ、遺体をヘリで収容できたのは地震の4カ月後だった。「行政も混乱していたのは分かる。復旧も大切。でも、その前に人の命では」

 わだかまりと悔恨、自責の念を抱える両親は19年3月、「震災や息子のことを忘れないでほしい」と、忍さんの実家近くの棚田に桜の苗木を植えた。その後、大規模斜面崩落で寸断されたJR豊肥線が昨年8月、国道57号が同10月にそれぞれ復旧。今年3月7日には崩落した旧大橋に代わる新阿蘇大橋が開通した。

 地震から間もなく5年。現場の復興は着々と進むが、「怒り、落胆、失望…。誰にぶつけていいのか分からない感情が巡り、答えが見つからない」。忍さんは新大橋も国道57号の復旧現場も通っていない。

 地震後、忍さんは司書の資格を取得し、地元小学校の図書室で児童と向き合う。卓也さんは、勤務する測量会社で地籍調査に追われる傍ら、折々に桜の成長を見守ってきた。高台で風が強い影響もあってか、成長は遅い。昨春には幼い苗木に淡いピンクの花を付けるなど計6輪が咲いたが、今春はまだ花は見られない。

 卓也さんと忍さんは「私たちは多くの人と縁あってつながり、支えられて今がある。5年を単なる節目ではなく、命や家族、備えのあり方を考える機会にしてもらいたい」。そう語り、「晃桜」が満開になる日に思いをはせた。 (佐藤倫之)

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 新幹線や高速道路、国道の整備に加え、通信網の発達による情報伝達の加速化、データの活用-。いかに私たちの暮らしが豊かに、便利になったとしても、自然災害から逃れることはできません。地震や地球規模の気候変動による豪雨など、想定を上回る災害が相次いでいます。2021年は熊本地震から5年、雲仙普賢岳大火砕流から30年…。九州の被災地の復興途上の現状や教訓、人々の営みを伝え、ともに災害に備えるため、「伝える 備える」として、さまざまな視点から報告します。

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