【こども記者だより】学校に行けなくなった僕

 ゆきとうたい記者/大野城市・大野南小6年(第10期こども記者) 

 コロナによるきゅうこうけたさくねん6月、とうこうするとこうちょうせんせいだいきだったせんせいたちが退たいしょくしていなくなっていた。きちんといままでのおれいいたかった。

 ぼくはこのせんせいたちとのかいあんしんていた。いなくなると、きゅういままでのがっこうせいかつあんつらかったことがよみがえり、つぎからがっこうきたくなくなった。がっこうかいだんがろうとするとつうふるえがまらなくなり、けんしつでもずっときつかった。

 そんなまいにちかえしていたとき、せんせいほうそうしつのスタジオでごすことをていあんされた。メンバーはおおいときは8にんほどになった。きょうしつけないなやみをったなかたちだ。みんなのはなしいているとぼくだけではないということがわかってほっとした。つらくてあさきられず、いてがっこうもあったが、スタジオではげんがでた。

 さくねんふゆそつえんしたいくえんげんじょうほうこくくともとたんにんせんせいからがおで「いつかそうなるとはおもったけど(だいがくせいとかではなく)はやめでよかったね」とわれてなんだかゆるされたようなちがした。それからぼくは1にち1かいきょうしつくことをもくひょうにした。

 そつぎょうしきをあと2しゅうかんひかえたこくせず、きょうしつごすかんおおめにしようとけつしてこうもんした。ぶんあしとうこうできたのは2がっはじまったときらいだったが、なんとかなった。しゅうがくりょこうにもけた。

 なぜがっこうにいけなくなったか。おかあさんは「あなたは『せんさいくん(※)』だから」とう。せんせいも「せんさいくんはひとちがわかるひとだからわるいことじゃない」とってくれた。

 1ねんかんわがままなぼくのためにやさしく、をつかってくれてありがとうございました。クラスのみんなや、せんせいいきかたいくえんせんせいかんしゃしてもしきれません。このちをむねに、これからもがんろうとおもいます! スタジオのメンバーのことはいっしょうわすれません!! ありがとう!!

※HSCとばれるどものことで、ハイリー・センシティブ・チャイルド(ひといちばいびんかん)のりゃくってまれたせいかくひとつ。

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