強気の投球支えた「亡き兄」 明豊・京本選手

 第93回選抜高校野球大会で31日、明豊(大分)は、大会屈指の右腕を擁する中京大中京(愛知)に競り勝ち、初の決勝進出を決めた。追い上げられた六回、マウンドを託されたのは京本真(まこと)選手(3年)だった。グラブには「創平と共に」の刺しゅう。ピンチをしのいだ。「一人じゃない」。強気の投球を支えたのは、「亡き兄」だった。

 いとこで4歳上の難波創平さん。京本選手の大阪市の実家近くに住み、「創平兄ちゃん」と慕った。小学2年の時、母有紀さん(47)に連れられ、難波さんの試合を見に行った。グラウンドで躍動していた。「やってみる?」と有紀さんが聞くと、「やりたいっ」。目を輝かせた。

 難波さんはいつもキャッチボールの相手をしてくれ、自身が野球をやめてからも応援し続けた。いつしか京本選手の夢は「甲子園」になり、強豪の明豊への進学を決めた。

 2019年1月、大分県別府市での入試を終えて帰宅便を待つ大分空港で、難波さんが事故に遭ったと聞いた。地元の大学に向かう途中、バイクでトラックと衝突。「信じられへん。兄ちゃんなら大丈夫」。飛行機が着いてすぐに病院に駆け付けたが、すでに意識はなく、そのまま帰らぬ人に。19歳だった。

 その年の正月。いつも通り親戚が難波さんの実家に集まり、2人でキャッチボールをした。入試の3日前には「好きなことを好きなだけやってこい」と励まされた。それが最後だった。

 葬儀を終えた夜、難波さんの父宏延さん(46)が野球用品店に京本選手を連れ出し、グラブをプレゼントした。難波さんが受け取るはずだったアルバイト代で買ったものだ。内側には難波さんと一緒に戦う決意を込め、5文字の刺しゅうを縫い込んだ。

 今回の大会でも1回戦からこのグラブを着ける。ポケットには、難波さんの右腕の骨を入れたケース。この日、スタンドで見守った宏延さんとその家族は「今日がマコの一番のピッチング。明日も(創平さんが)力を貸してくれるはず」と涙を浮かべた。

 京本選手はこう誓った。「(創平さんは)ここまで来たら、優勝と言うに違いない。絶対に日本一を報告するんだ」

 (鬼塚淳乃介)

関連記事

大分県の天気予報

PR

大分 アクセスランキング

PR