【動画】熱い男再び! 岡部平太の演劇、6月に新作「五輪奮闘記」

 日本近代スポーツの礎を築いた岡部平太(1891~1966)=福岡県糸島市出身=を主人公にした演劇の第2弾が6月、福岡市で上演される。敗戦で全てを失いながらも、平和台陸上競技場(同市中央区)を創設し、ボストンマラソンで日本人を初優勝に導いた岡部。その姿を新型コロナウイルス禍の現代に重ね合わせ、奪われた自由を取り戻せるまで「前に進もう」と訴えかける。

 タイトルは「PEACE HILL 2~東京オリンピック奮闘記~岡部平太物語」。昨年、同市の人気劇団「ギンギラ太陽’s」と「劇団ショーマンシップ」による合同公演で感動を呼んだ作品の新作となる。両劇団は1日、岡部の胸像が建つ平和台陸上競技場で制作発表した。

 岡部は柔道家でスポーツ万能。米国留学で学んだ科学トレーニング理論を日本に導入した。「根性」という言葉が嫌いで「フェアプレーで勝つ」を信条に指導した。戦時中は満州(中国東北部)でスポーツを通じた日中融和に尽くしたが、一人息子を特攻隊で亡くし、失意のどん底に。

 しかし、戦後間もない1948(昭和23)年に、国体を福岡に誘致。連合国軍総司令部(GHQ)が接収していた土地を奪還し、創設した競技会場に息子への鎮魂の思いと平和への願いを込めて「平和台(PEACE HILL)」と名付けた。その後も、日本マラソンの父、金栗四三とともに選手を育成。51(昭和26)年のボストンマラソンで監督として日本人初優勝を成し遂げた。

人見絹枝もコーチ「岡部さんのような指導者が女子にもいたら」

 岡部は、オリンピックとも縁が深かった。24(大正13)年のパリでは、教え子の岡崎勝男(後に外務大臣)が日本人として初めて陸上5千メートルで決勝進出。日本人女子初のオリンピックメダリスト(800メートル競走)人見絹枝をコーチするなど、女子選手育成にも尽くした。人見は著書で「岡部さんのような指導者が女子にもいたら」と書いている。

 だが、その人生は波瀾(はらん)万丈だった。選手の立場に立つがゆえに、組織とはことごとく対立。それでも、その実力を認められ、日中戦争の影響で日本が返上した40(昭和15)年の東京、64(昭和39)年の東京、ともに陸上の強化コーチを委嘱されたが、64年は病に倒れてその舞台に立てなかった。

 制作発表で、脚本・演出を手掛けた「ギンギラ太陽’s」主宰の大塚ムネトさん(55)は「組織や女性差別の問題は、今回のオリンピックにも通じる。何より、最後まで前を向いて歩んだ岡部さんの物語で勇気を与えられたら」。主演・共同演出の「ショーマンシップ」座長の仲谷一志さん(55)は「生きていく上で何が大切なのか、舞台を通じて次世代に伝えたい」と語った。

 最後に出演者が400メートルトラックをリレーでつないで舞台の成功を祈った。

 公演は6月3~6日、福岡市・天神の西鉄ホールで計6公演。5日午後6時から有料動画配信もある。来年1月23日には糸島市の伊都文化会館でも上演する。料金は前売り3500円。配信チケットは2500円。問い合わせは劇団ショーマンシップ=092(716)3175。 (田中耕、加茂川雅仁)

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