ただいま南阿蘇 東海大卒業生、関東から移住し村職員に

 熊本県南阿蘇村を「第二の故郷」とする若者が今春、村役場の職員になった。栃木県出身で同村にキャンパスがあった東海大農学部OBの粂川(くめかわ)雄樹さん(28)。熊本地震直前の2016年3月に卒業し、いったん関東で就職したものの、被災した南阿蘇が気になって戻り、移住者支援の仕事に携わってきた。「地震があったから、この選択があった」。地域の人たちと共に、この村で生きていく。

 地震で崩落した阿蘇大橋のすぐ近く。現在の住まいはかつて東海大生向けの下宿が並び、「学生村」と呼ばれた黒川地区で倒壊を免れたアパートだ。目の前では県道の整備が進み、更地ばかりだった集落は明るさを取り戻しつつある。

 「毎日見ているから分かりにくいけど、かなり変わりましたよね」

 5年前のあの日、ニュースの映像に衝撃を受けた。数週間前まで暮らしていた学生村はほとんどの建物が壊れ、4年間の思い出を重ねられないほど変わり果てていた。

 その春に群馬県の小さな村の第三セクターに就職したばかり。後輩の安否を気にする以外に、離れている自分にできることはない。新たな人生を踏み出したはずが、南阿蘇のことが頭から離れず、仕事が手に付かなくなっていった。

 年末、村を訪ねた。かつて暮らしたアパートは1階がつぶれた状態で残っていた。「村のために何かがしたい」と決意した。その後、地域おこし協力隊の募集を知り、応募した。

 17年秋、2度目となる村での生活を、人けのない真っ暗な学生村のアパートでスタートさせた。村内には、ほかに賃貸物件がほとんどなかった。

 協力隊員としての仕事は、移住希望者と村の空き家をつなぐこと。希望者は絶えず、売り貸しできる物件を探して村内をくまなく回った。住む人がいなくなった家、地震で使われなくなった別荘…。だが所有者にはそれぞれ村への愛着があり、空き家の確保は思いのほか難航した。

 それは村の魅力を考えるきっかけにもなった。当初は「駄目なら実家に帰ればいいや」と考えていたが、3年続けるうちに「ここで生きていくのもいいな」と思うようになった。周囲に勧められ、役場職員の採用試験を受けた。

 今年3月、栃木の実家に帰省して合格を報告した。「落ちて帰ってくると思っていたけど、よかったね」と言った父親は、言葉とは裏腹に寂しげな表情を浮かべていた。「移住って重いことだな」と身に染みて分かった。

 道路は復旧したが、不便な田舎には変わりない。配属先は健康推進課。村職員としての大きな目標は、進学や就職で村から出て行く人を減らすことだ。「今いる人もこれから移住してくる人も、ここでずっと暮らしたいと思える村にしていきたい」

 (森井徹)

熊本県の天気予報

PR

熊本 アクセスランキング

PR