国軍空爆、入国拒むタイ…国境で行き場失うミャンマー少数民族

 クーデターで混乱するミャンマー周縁部で国軍と少数民族勢力の衝突が相次ぎ、大量の難民発生が懸念されている。2千キロ以上を接するタイ・ミャンマー国境の山岳地帯で今、何が起きているのか。緊張が高まる現地を訪ねた。(タイ北西部メーホンソン県で、川合秀紀)

 頭や足の傷が癒えるにつれ、ミャンマー人ノーミーグルエさん(25)の不安は募る。国境に近いタイ北西部メーホンソン県の病院に入院中だが、退院後はミャンマーに帰るよう当局に言われている。戻れば、空爆の恐怖が待つ。「私はどこに行けばいいのか」

 ノーミーグルエさんはミャンマー東部カイン州の少数民族カレン族だ。3月27日夜、家の近くで国軍の空爆を受け負傷。山奥を歩き、川を船で渡って国境に近いメーホンソン県に逃れた。数千人が国境を越えようとしたが、彼女ら負傷者15人だけがタイの病院へ搬送され、残りは入国が認められなかった。

 今月3日、負傷者の一人が新型コロナウイルス検査で陽性と判定され、病院は外部との接触を禁止。5日、ノーミーグルエさんのいとこポーギーさん(38)は面会できず、病院で途方に暮れていた。ポーギーさんも5歳のとき、内戦を恐れた母に連れられタイに逃げてきたカレン族。「ミャンマーはまた悲惨な状態に戻ってしまった。いとこのために何もできない」

 国境付近には1980年代から難民キャンプが点在し、計9万人が暮らすが、タイ政府は新たな受け入れに否定的だ。行き場のない少数民族は国境の山奥や岩場にとどまり続けている。

 そんな中、ミャンマー少数民族の祖父母を持つ地元タイ軍幹部OBの男性(43)が、少数民族勢力の支配地域に物資を運ぶ了解を当局から得たと聞いた。同行し、山岳地帯の国境越えを目指した。

難民支援阻んだ隣国の思惑

 標高2千メートル前後、急勾配の山道は大雨でぬかるみ、ピックアップトラックは何度も立ち往生した。荷台には水やジャックフルーツ、卵、衣料が山積み。深い崖が続き、怖くて横をあまり見ることができない。

 6日、タイ北西部メーホンソン県を出た車の目的地はミャンマー国境の山岳地帯。カヤー州の少数民族勢力カレンニー民族進歩党(KNPP)支配地に入り、国軍の攻撃を恐れて避難するカレンニー族に支援物資を届けるためだった。

 発案者は祖父母がカレンニー族というタイ軍幹部OBの男性(43)。メーホンソン県に生まれ育ち、今は中央省庁の出先スタッフだ。目的地に近い国境軍基地幹部だった強みを生かし、地元の行政や軍トップ、KNPP幹部から事前に国境越えの了解を得たという。「私は半分カレンニー。タイ政府が支援に消極的なのは知っているが、人道支援に国籍も国境も関係ない」

 出発から約3時間。霧がかった山頂にタイ語で「山上国境軍の基地」の看板と国旗が見えた。粗末なゲートと宿営地以外、何もない。国境まで数百メートル、目的地のKNPP支配地まで1キロもない。

ミャンマー国境間近のタイ軍ゲート。「事前了解」を得ていた支援物資の搬入を認めなかった=6日

 

 若い兵士らがやってきた。男性が事前了解の証拠を示すため、その場で地元軍トップらに電話し会話を聞かせる。だが、上官らしき人間は「(地元の)軍トップと国境の軍トップは違う」「国境付近はいま危険だ」と首を縦に振らなかった。「KNPP支援をタイ軍が許したとばれたら、ミャンマー国軍との関係や他の少数民族勢力との関係が悪くなる」とこぼした。

 約30分の問答の末、国境越えを断念した。帰路、カレンニー出身者たちの集落に立ち寄り、支援物資を民家の隅に置いていく。後日、KNPP兵士が山中を通って取りに来るという。

 落ち合う予定だったKNPP幹部は電話で「私たちの地域でも国軍の攻撃で死傷者が出て約千人が国境の山奥に逃げている。支援の食料も人手も足りないが、逃げる人はさらに増えるだろう」と語った。

「被害受けるのはいつも…」

 KNPP以外でも、約20の少数民族武装勢力のうち10程度の勢力が「反国軍」を鮮明に打ち出し、3月下旬から各地で衝突が激化。同時に避難の動きも広がっている。こうした状況は、1948年の独立以降、自治拡大を求める少数民族勢力と国軍の衝突が続いたミャンマーにとって「いつか来た道」でもある。

 隣国タイには80年代から国境沿いに多くの少数民族が逃げ、難民キャンプが次々に設置された。今も計9カ所のキャンプに約9万人が暮らす。

1995年設置の難民キャンプ「バーンマイナイソイ・キャンプ」で取材に応じるムンナさん(右)と娘マップラーンさん。キャンプ住民向け売店を営む=6日、タイ・メーホンソン県

 その一つ「バーンマイナイソイ・キャンプ」はミャンマー国境まで約6キロ。複数エリアに約1万人が暮らす。原則、住民はキャンプから出ることを禁じられている。竹で組んだ家屋で売店を営むムンナさん(56)は35年前、内戦を恐れカイン州から逃げてきたカレン族だ。最近のミャンマー情勢について尋ねると「向こうには親類がいるし、怖い昔の記憶を思い出して寝られなくなる。できるのなら、ここ(キャンプ)に逃げてきてほしい」とカレンの言葉で語った。

 メーホンソン県には国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の事務所があり、非政府組織とともに難民を支援。アウン・サン・スー・チー政権誕生の2016年からUNHCR主導で難民の自主帰還も始まり、徐々に難民解消に向けた動きが見えていただけに、職員は「逆行しかねない状況は残念」と話す。タイ側は新たな難民受け入れに消極的で「私たちは支援の準備を整えているが、タイ当局が許可しないため現場にも行けない」と明かした。

 タイのプラユット首相は14年のクーデターを主導した元陸軍司令官。当然、ミャンマー国軍と近く、2月のクーデターを起こした国軍トップから支援を求める書簡を受けた。ミャンマー側はタイ当局に国境地帯の空爆計画を事前通告しているとも報じられる。

 内情を知るタイ軍幹部OBは帰路、つぶやいた。「隣国だから複雑な事情があるのは分かるが、結果的に被害を受けるのはいつも一般の少数民族の人たちだ」

(タイ北西部メーホンソン県で、川合秀紀)

ミャンマー国境そばのタイ軍基地前。「事前了解」を得ていた支援物資の搬入を果たせず、再び山道を戻る=6日

 

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