戦争は遠くなっても、ひめゆりの願いは近くに 資料館17年ぶり新装

 太平洋戦争末期の沖縄戦で多くの犠牲者が出たひめゆり学徒隊の体験を語り継ぐ沖縄県糸満市の「ひめゆり平和祈念資料館」が17年ぶりのリニューアルを終え、12日に一般公開を始めた。生き残った元学徒たちが90歳を超えて活動の継続が難しくなる中、戦争を体験していない職員が初めて展示を企画。「戦争からさらに遠くなった世代へ」をテーマに、戦争体験が若い世代にも伝わるような展示を目指した。

 同館は、沖縄戦に動員された沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の元学徒や同窓生が主体となり、1989年に開館。2004年に改装した。だが、戦後75年以上が経過し、来館者の大半は身近に戦争体験者がいない世代に。従来の写真と文章中心の展示では実相を伝えることが難しくなったと判断し、2回目のリニューアルに踏み切った。

 開館時も最初のリニューアルも元学徒の証言員が展示を考えたが、約30人いた証言員は4人まで減り、今回は30~40代の職員4人と普天間朝佳(ちょうけい)館長(61)が内容や表現を詰めた。動員前の学校生活や劣悪な環境で治療に当たった病院の様子などのイラスト27点を新たに制作。楽しい学校生活に戦争の影が忍び寄ってきたことや食べる物に事欠く悲惨な体験を描き出し、戦争と平和の落差を表現するとともに、若い世代に当時10代後半だった学徒を身近に感じてもらう工夫をした。

 見学した元学徒の本村つるさん(95)は「戦争を経験したことがない職員が、私たちの体験と気持ちを受け止め、立派なリニューアルをしてくれて感激している」と感謝。普天間館長は「私たちは体験者が培ってきた平和への思いを若い世代に橋渡しする役割を担っている。『自分たちがいなくなっても体験を伝え続けたい』という元学徒の思いに応える展示になった」と語った。

 (那覇駐在・野村創)

【ワードBOX】ひめゆり学徒隊

 1945年3月23日、沖縄陸軍病院に動員され、負傷兵の看護に従事した沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒・教師計240人の通称。米軍の進撃で5月25日に南部に撤退。六つの壕(ごう)に分散し治療を続けたが、米軍の攻撃などで136人が死亡した。

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