復興一歩ずつ、確かな歩み 熊本地震の5年をたどる【動画】

 最大震度7を2度記録した熊本地震は14日、前震から5年を迎える。上空を飛び、地上を歩き、被災地の今を見詰めた。

 南阿蘇村。はげた山の斜面が目を引く。ここが崩れて阿蘇大橋は峡谷へ突き落とされた。堆積していた土砂はなく、うっすらと緑も見える。途切れた麓の線路や国道はつながり、カーブを描き延びていた。

 熊本城に近づく。石垣の崩れは痛々しい。再生したシンボル、天守閣の白さがまぶしい。見学者もいる。更地が点在する益城町。赤や青の屋根を構えた真新しい一軒家も立ち並ぶ。街の再建が進む。あのこんとんから地道な一歩を積み重ねた末の光景が広がる。

 だが、人はどうか。土石流があふれた南阿蘇村の長野地区。新たな橋や道路で整然としていた。高齢の男性は新設の巨大な砂防ダムを見上げ、「なじんだ自然の風景が減った…」。安全には代えがたい。もどかしい。益城町で会った年配の女性は家を失った。「私は生きているだけで幸せ。今より上を望んじゃだめ」。失ったものが大きいからこそ、人一倍幸せを求めてほしい。

 5年前に取材で駆け回った被災地は、散乱した屋根瓦の灰色や、土砂の赤茶色で染まっていた。今は明るい色彩を取り戻したように映るが、出会った人たちの心には依然、暗い影が見え隠れする。

 倒壊した楼門や拝殿の再建が進む阿蘇神社。舞う桜の花びらに楽しげな声が交じった。赤ちゃんのお祝いで参拝する正装の家族連れ。この家族のような笑顔が被災地に広まるためには―。復興はまだ、道半ばだ。

(小川俊一、大坪拓也、空撮・穴井友梨)

 阿蘇大橋

【当時】大規模な土砂崩れで崩落した阿蘇大橋付近=2017年4月、熊本県南阿蘇村

【現在】崩れた場所は、鋼製ネットで崩落を防ぎ、緑化を促す措置を講じている。今年3月、旧大橋の下流600㍍に新阿蘇大橋(写真左)が完成した=2021年4月

 熊本城

【当時】築城の名手、加藤清正公が400年前に手掛けた熊本城は、大天守(奥)や小天守(手前)の瓦が崩落した。石垣なども壊滅的な被害を受けた=2016年5月、熊本市中央区

【現在】震災から5年。両天守は勇壮な姿を取り戻し、今月26日から内部公開が始まる。一方、崩落が多発した石垣などの復旧は道半ば。訪れた人は新設の見学ルート「空中回廊」から、城の〝完全再生〟を見守っている=2021年4月

【当時】天守閣に向かう観光客を出迎えていた「頬当御門(ほほあてごもん)」は両側の石垣が崩れ、行く手を塞いだ=2016年5月、熊本市中央区

【現在】石垣は工事で補修され、見学者や工事関係者が使うスロープが設置されている=2021年3月

 益城町中心部

【当時】大きな被害を受けた益城町中心部=2016年5月

【現在】がれきが撤去された道路沿いに真新しい家が立ち並ぶ一方、更地も増えていた=2021年4月

 益城町寺迫地区

【当時】多くの住宅がつぶれたり、横倒しになったりした益城町寺迫地区=2016年4月

【現在】道路などの整備が進められている=2021年3月

 テクノ仮設団地

【当時】多くの被災者が身を寄せたテクノ仮設団地。ピーク時には約500世帯が暮らしていた=2016年10月、熊本県益城町

【現在】益城町の仮設団地の集約に伴い、テクノ仮設団地は昨年9月に閉鎖された=2021年4月

 南阿蘇村長野地区

【当時】南阿蘇村長野地区。山あいの集落は、土砂で赤茶色に染まっていた=2016年6月

【現在】復旧工事を経て、以前の穏やかさを取り戻していた=2021年3月

 阿蘇神社

【当時】「日本三大楼門」に数えられる国指定重要文化財の楼門などが壊滅的な被害を受けた阿蘇神社=2016年4月、熊本県阿蘇市

【現在】楼門は巨大な箱形の作業小屋内で再建が進む=2021年4月

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