どん底の被災者に元日の「奇跡」 元妻から届いた娘の写真

 2016年4月の熊本地震で震度7の揺れに2度見舞われた熊本県益城町。長年暮らしてきたアパートが全壊した石井光広さん(62)は、別れた妻と暮らす娘2人とのつながりを転居で断たれ、一時は酒におぼれた。どん底から救ってくれたのは周囲の支えと趣味のペーパークラフト。折れかかった心を取り戻そうとする中で、今年の元日、小さな「奇跡」が起きた。

 石井さんは地震1カ月後、熊本市東区に引っ越した。全壊した益城町のアパートから持ち出したのは、わずかな生活用品とペーパークラフトの作品、そして幼い頃の娘たちの写真だった。

 妻とは10年ほど前に別れたが、アパートにしばらく子どもたちが遊びに来ていた。「また来てくれるかもしれない」。淡い期待を抱き続けたが、地震で崩れ去った。娘たちは電話番号も転居先も知らない。ただ一つのつながりを失った。

 自宅と職場を往復するだけの日々。帰宅後は浴びるように酒を飲んだ。4リットルのウイスキーボトルは10日で空になった。

 同じ頃、大型車が通る音と振動で、体がビクッと反応するようになった。イライラしたかと思えば、急に涙が出る。「生きている意味がない」と口走った。

 被災者の見守り支援団体が自室を訪ねてきたのは16年11月ごろ。「すごいですね」。支援員の男性が指さした先には、ペーパークラフトの「サグラダ・ファミリア教会」。20年来の趣味だった。アニメ「機動戦士ガンダム」や世界の建物を独学で作った。完成させる達成感が好きだったが、地震後は作っていなかった。

 「よかったら作品を持って来て」と被災者の集まりに誘われた。恐る恐る参加すると、完成度の高さを多くの人に褒められた。

 次第にファンも増え、テレビや新聞で紹介された。17年春からは、地域の公民館で教室を開くようになり、多いときは30人ほどの生徒が集まる。医師の指導で酒量もコントロールできるようになった。ただ、娘とのつながりが切れたことが、心に引っかかっていた。

 21年1月1日午前0時57分。スマートフォンにメッセージが届いた。送り主は元妻。9年ぶりの連絡だった。高校1年と中学2年になった娘2人の様子がつづられていた。

 元妻は報道で近況を知ったようだった。面会は難しい、という一方で「悩みましたが、繋(つな)がりを持ち続けることは娘のためになると思って連絡しました」。自然と涙があふれた。地震後に知り合った仲間や支援員も泣いてくれた。制服姿の娘たちの動画や写真も届き、今度は泣き笑いした。

 地震から5年。今も大きな音に体が反応する。心の傷は癒えてはいない。ただ、少しずつ前に進もうとする自分がいる。今月18日には昨年7月の熊本豪雨で被災した人吉市で、自らの被災体験を語り、ペーパークラフト教室も開く予定だ。「次は自分が誰かの支えになりたいから」

 2人が幸せに暮らしていれば、それでいい。ただ、パパのことを忘れないでほしい。会いたいかって? それは言われんよ。

 今は心の中で、娘たちに語り掛ける。

 (長田健吾)

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