「おかえりなさい」のれんをくぐれば90歳女将の笑顔

「西海」(福岡市中央区)

 某グルメ情報サイトの評価は5点中3・17点。何とも微妙である。たしかにいろいろと「クセ」は強めで、万人が推すタイプの店ではないのは分かる。ただボクはこう信じている。酒場の良さはこんな数字には表れない部分に宿る、と。

 場所は福岡市営地下鉄七隈線「薬院大通駅」のすぐそば。マンションや銀行が並ぶ一画に、時代にあらがうような古びた建物がある。のれんをくぐると「おかえりなさい」との声。店を1人で切り盛りするのは、数えで90歳になる荻原須磨子さんだ。

 ここは魚料理がいい。予算を伝えると、いろいろと見繕ってくれる。この日は、宗像の神湊から仕入れたというコウイカの刺し身から。旬のコウイカは丁寧に包丁が入れられている。口当たりが楽しく、うま味と甘みが舌を包む。ほかにも、カンパチ、ミョウガを添えたアジの刺し身、カマスの塩焼き、荻原さんが翌朝食べる予定だったアジの一夜干しまで出してくれた。

 魚がおいしく、屋号は「西海」。てっきり長崎県西海市の生まれかと思いきや、「私は福岡の大手門生まれ。前の女将おかみが西海の出身なんよ」と返ってきた。

 もともとは魚屋さん。夫とともに薬院で鮮魚店を営み、自らも市場に行った。店を継いだのはちょうど半世紀前。卸先だった「西海」に後継者がいなかったため譲り受けたのだという。

 「魚屋やけん、目利きが違う」と荻原さん。周辺は官公庁の宿舎が多く、仕事終わりの職員らでにぎわった。彼らの目当ては魚料理だけではなかったはず。荻原さんの人柄、店の雰囲気に引きつけられていったに違いない。

 以来ずっとこのカウンターに立つ。変わらずに包丁を握り、手際よく料理をこしらえる。そしてよくしゃべる。その快活さからは想像できないが、体はぎりぎりだという。

 20年ほど前、事故で股関節を脱臼してからたびたび手術をした。昨年は人工関節に置き換えた。年齢に伴うリスクはあったが、すべては「店に立ち続けるため」である。

 ボクが店の存在を知ったのは3、4年前のこと。前を通りがかると入り口に張り紙があるのに気付いた。骨折のための休業告知の横には、お客さんの手書きの文字が添えられていた。

 「ゆっくり治してください」

 卒寿を迎えてもなお続けられるのは、そんな客の存在が大きい。飲み物は客が冷蔵庫から取り出す。2階で宴会があれば料理を運んでくれる常連客もいる。

 「ありがたかった。私の料理を楽しみにしてくれる人がいる限りやめられないんですよ」

 最後は荻原さん特製のみそ汁で締めくくった。「みんなこれが好きなんよ」と笑顔になる。何より本人が楽しそう。その楽しさは周りに広がっていく。

 塩分控えめで、タマネギの甘さが染みた味。間違いなく5点満点である。

(小川祥平)

 味はもちろん、店主の人柄、集う客、メニュー、雰囲気…。酒場はさまざまな魅力にあふれている。左党記者がいい酒場を求めて、今日ものれんをくぐります。

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