住宅地そばの毒ガス工場跡「まるでラピュタ」

 まるで映画「天空の城ラピュタ」の世界に迷い込んだような戦争遺跡が、北九州市小倉南区にひっそりと残っている。第2次世界大戦時に毒ガスを充填(じゅうてん)する工場として使われていた旧陸軍施設だという。現地を訪ね、歴史をたどった。 (壇知里)

 遺跡があるのは、住宅地そばの陸上自衛隊小倉駐屯地曽根訓練場の敷地内。コンクリート製の廃工場は2~3階建てで、広さはバスケットコートより一回り大きいぐらい。手前には円柱形で高さ15メートルの塔が二つ、青々とした芝生の中に立っていた。

 廃工場の壁一面には、大きな穴が開いている。階段などが見えるのみで何もなく、天井の一部は剥げ落ちている。老朽化による倒壊の恐れがあるため、ロープで仕切られて中には入れない。

 同駐屯地などによると、大きな穴は窓があった部分だ。有事のときはガラスを割って脱出し、換気ができるような造りだったという。穴の上には換気口もあった。

 市民団体「北九州平和資料館をつくる会」(若松区)がまとめた資料などによると、旧陸軍施設は1937年に開所した「東京第二陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)曽根製造所」で表向きは火薬製造とされたが、終戦まで秘密裏に毒ガス弾を製造していた。

 毒ガスは、広島県にある大久野島の忠海(ただのうみ)製造所から運びこまれ、最大で地元住民ら約千人が充填作業をしたという。発がん性のある「イペリット」や皮膚のただれを引き起こす「ルイサイト」を使い、約160万発を作った。

 毒ガスの性質や危険性は作業員に教えられなかったという。北九州市在住の歴史学者菊池満さん(40)は複数の元作業員にインタビューし、「施設にはジュウシマツの入った鳥かごがあり、ガス漏れを確認していた」との話を聞いたという。

 2001年以降、曽根訓練場に近い苅田港の海に投棄された毒ガス弾が相次いで発見され、18年度までに国が2969発を処理した。極秘施設だったため、輸送ルートなどを示す詳しい資料は防衛省にも北九州市にも残っていない。周辺住民に聞いてみても、戦後75年以上がたち、当時の話を知る人はいなかった。

 住宅地そばにある不思議な空間で、映画のロケなどに活用できないかと思ったが、老朽化が激しいという。同駐屯地は03年度以降、防衛省へ解体を要望。同会は「過去の歴史を知る貴重な施設」として保存すべきだとしているが、同省が専門家の意見を踏まえて検討した結果、「保存すべき歴史的建造物にはあたらない」「解体の必要性がある」となった。解体の時期は決まっていないという。

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