【選択的夫婦別姓を考える】関根千佳さん

◆「自分らしさ」を大切に

 万年筆のCMで、親が子どもの名前をせっせと書いている。「名前は一番短いラブレター」という言葉が印象的だ。私も新学期には、学生の氏名を声に出して読み上げる。親はどんな思いでこの名前を付けたのだろう。字画、響き、呼びやすさ。そこでは当然ながら、姓名としての一体感も検討されたはずである。

 しかし、そのようにして付けられた姓名は、結婚と同時に変えなければならない。政府調査では、96%の女性が夫の姓を名乗っている。親の思いはここで途切れてしまう。

 前の職場で、ある女性が突然旧姓に戻った。職場での通称利用が可能になったためである。結婚する際に通称を使い続ける人はいたが、元に戻した人に出会ったのは初めてだった。彼女の新しい、いや元の姓名を見て合点がいった。姓と名をつなげて読むと、実に美しいのだ。夫の姓も悪くはなかったが、旧姓のほうがはるかに彼女らしく、ご両親の深い愛を感じた。

 そしてその愛情に応え、彼女は美しく成長し、優秀な社会人になった。ずっとこの名前で生きてきた。名前は彼女らしさ、アイデンティティーそのものだったのだ。

 一緒に米国フロリダの研究所へ出張したとき、通称でしか旧姓を使えないことの大変さも知った。パスポートは戸籍姓なのだが、宿の予約名やクレジットカードが旧姓だと個人特定がしにくい。外部からの電話も取り次ぎで混乱する。夫婦がおのおのの姓で生きられる国であればと、つくづく思ったものだ。

    ◆   ◆ 

 私自身は結婚で夫の姓にしたが、手続きの煩雑さに参った記憶がある。パスポート、免許証、銀行口座、クレジットカード、結婚前に購入した不動産の名義など、変更に何カ月もかかった。男の人はこんな苦労はしなくていいのにと、悔しかった。ある経営者がパートナーの姓に変えた時、何十万円も費用がかかったと聞いたが、理解できる。家業を継いでいたり役員であったりしたら、変更手続きは考えるだけで気が遠くなる。

 女性が社会進出すればするほど、名前の変更が必要な手続きが待ち受ける。これでは、「名前を変えたくないから結婚しない」「子どもを持ちたくない」という人が増えても不思議ではない。少子化に拍車をかけていると思う。

 仕事で積み上げてきた業績も人脈も、リセットになってしまう。研究者においては、さらに深刻だ。名前が変わるとそれまでの成果と連動することができなくなる。論文に旧姓を併記する人は稀(まれ)である。マイナンバーなどで一発検索できるようになれば別だが、同一人物の業績であるという関連付けは難しい。

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 夫婦が別姓を選択できない先進国は、日本だけである。日本でも明治9年には別姓を可とする太政官指令が出ていたのに、ドイツに倣って明治31年に夫婦同姓にした。そのドイツは約30年前に別姓可能に改めている。国連は、今も続くこの日本の制度を女性の権利侵害として、是正勧告を繰り返し出している。

 今後、一人っ子がますます増える。その人たちが結婚に際して、互いの家の名前を残したいと思ったとき、結婚自体をためらわせてはならない。婿に入った男性も、夫婦別姓の制度があれば、複雑な思いをしなくて済む。姓が違うと家族の一体感がなくなる? そんなはずはない。私は姓が変わっても九州の両親とはずっと良い関係だった。

 日本でも、夫婦別姓を選択可能にすべきだ。親が思いをこめて付けてくれた姓名を「ずっと使い続けたい」「法律上もそのまま残したい」と思う人の願いは尊重したい。名前は親からの、姓は先祖からのラブレターなのだから。

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