まひ残る体「倒れても聖火つなぐ」 上峰町走る原槙さん、再び走者に

 佐賀県に入った東京五輪の聖火リレー。10日に上峰町を走る原槙和彦さん(76)は、1964年の東京五輪でも聖火ランナーを務めた。2年前に頸椎(けいつい)損傷の大けがをし、つえは欠かせないが、任された区間の完走を誓う。「走りきってお世話になった人たちに感謝を伝えたい」

 前回走ったのは19歳で、県立神埼農業高(現神埼清明高)を卒業し、父親の農業を継いだばかりだった。高校時は陸上部に所属し、体力に自信はあったが「重さ1キロ以上のトーチを、肩と同じ高さに掲げて走るのは大変だった」。国旗を振ったり、拍手を送ったりする地元の人たちに見守られ、約2キロを走った。

 「誰かを助けたり、元気づけたりする一生を送りたい」と27歳で消防士に転身。定年後は区長や町議会議員を歴任した。人生が暗転したのは2019年4月。自宅玄関で転倒し、両手両足にまひが残った。医師から「歩けない可能性がある」とも告げられた。

 途方に暮れる中、自宅の棚に置かれた聖火リレーのトーチが目に入った。手に持つと、あの日、沿道から聞こえた拍手や声援がよみがえった。「私の宝物。人生で二度とない経験だった」。聖火リレーのランナー募集を知り、手を挙げた。

 週5日、リハビリ施設で2時間の訓練を続け、帰宅後は自宅周辺を歩いて足腰を鍛える。事故直後は箸も握れなかったが、つえを使って歩けるまでに回復した。「倒れても起き上がり、次の走者に聖火をつなぎたい」 (星野楽)

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