74歳2度目のトーチ「感謝しかない」 当時の写真胸に点火式

 前回の1964年東京五輪で聖火ランナーを務めた福岡県みやこ町の姫島和生さん(74)が、2度目の聖火ランナーとして北九州市門司区の点火式の会場に立った。高校3年生の時、炎のトーチを天高く掲げて駆け抜けた経験は、つらい事があっても前向きに進むという人生の指針に。多くの人が苦しむコロナ禍の今、感謝と感染症収束の思いを込めて再びトーチを握った。

 大分県野津町(現臼杵市)出身。64年9月11日、同県臼杵市野津町の中ノ谷トンネル付近で聖火を受け取り、約20人の伴走者と北上した。白煙のにおい、沿道の拍手や声援。今でも鮮やかに記憶がよみがえる。「すがすがしい達成感。約2キロがあっという間だった」

 高校卒業後は航空自衛隊に約34年間勤めた。12年前に胃がんを患った時は「当時の経験を思い出して前向きに気持ちを切り替えることができた」という。

 「もう一度トーチを手にしたい」と応募した聖火ランナーに選ばれ、体操やジョギングに励んだ。昨年10月には、前回の東京五輪で聖火ランナーシューズを作った老舗靴メーカー「アサヒシューズ」(福岡県久留米市)から真っ白の復刻版シューズが贈呈された。足にフィットする感覚に昔を思い出したが、同県築上町を走る予定だった聖火リレーは中止に。「残念な思いもあるが、コロナの現状を考えれば当然」という。

 トーチを手に聖火を次々とつなぐトーチキス。復刻版シューズを履き、当時のトーチを持って走る自分の写真を左ポケットに忍ばせた。「つなぐ形は変わったが、2度目のトーチは色鮮やかで心が浄化されるようだった。感謝しかない」。背筋をピンと伸ばし、トーチを掲げる右手。わずか十数秒に半世紀余りの思いを凝縮した。 (浜口妙華)

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