あの日の春秋:ことばには力があります(2010年5月16日)

春は夜が明け始める頃が一番いいわ、夏は夜よね、という感じのことを清少納言は〈春はあけぼの。(中略)夏は夜。〉と書いた▼秋は夕暮れ、冬はつとめて(早朝)と続く「枕草子」を、東京都世田谷区の子どもは小学4年で習う。区が3年前に小・中学校向けに創設した「日本語」という教科で教わる▼先日、区役所で教科書を買ってきた。小学校は2学年ごとに3冊ある。小林一茶の俳句で始まる「一・二年」用には道元の短歌も。〈春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり〉。もうこうねんの漢詩も。〈春眠しゅんみんあかつきを覚えず…〉▼ページの端っこには「日本語の響きやリズムを楽しもう」と書いてある。「響きやリズムの美しさを味わおう」に変わる「五・六年」用には「平家物語」の名調子が加わる。〈祇園ぎおん精舎しょうじゃの鐘の声、諸行しょぎょう無常むじょうの響きあり…〉▼世田谷区は6年前に政府から「『日本語』教育特区」に認定された。「国語」とは別に小学校では週に1時間教えている。難しい表現も構わずに教える。音読させ暗唱させる。響きとリズムを体で覚えさせる。日本語の力が身に付く基礎になると考えた▼どの教科書もこんな問い掛けから始まる。「ことばには力があります。日本語は日本の文化とともに受け継がれてきました。私たちはことばを大切にしているでしょうか」。区役所の窓口の人は「区外から購入に来る人が増えました」と話していた。(2010年5月16日)

 論説委員から 「ことばを大切にしているでしょうか」。そう問いたくなる菅義偉首相。国会答弁や記者会見で、質問にまともに答えず決まり文句を繰り返す。例えば、新型コロナ禍での五輪開催の可否を問われても「国民の命と健康を守っていく」と壊れた機械のように。国民の最も知りたいことをはぐらかしては、不安と不信が募る。一国のリーダーには「ことばに力があります」と胸を張ってほしい。世田谷区の教科書をお読みになっては。(2021年5月16日)

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