あの日の春秋:魁皇関が初優勝(2000年5月23日)

郷土力士の魁皇が初優勝した。どんな力士か詳しくは知らなかった。各紙にいろんなエピソードが載っている。新弟子検査の握力測定で、看護婦さんから「ちゃんと握って」と注意されたのは、この人くらいのものだろう▼針がほとんど動いていない。握り方が悪い―看護婦さんはそう思ったらしい。じつは針は1周と少し回っていたという。右手の握力は100キロを超える。水道の蛇口を壊したほど、というから並の怪力ではない▼一緒に新弟子検査を受けた元横綱の若乃花は、魁皇を「ゴリラ」と呼んだそうだ。右手でまわしを取ったら、相手が横綱でも、ぶん投げるほどに強い。なのに優勝するまでに時間がかかったのは、ここ一番というときのプレッシャーに弱かったせいだ▼「ノミの心臓」などといわれ、未完の大器のままで終わった人は、スポーツ界には数知れない。ストレスを酒で紛らせがちだった魁皇も、その一人になるところだった▼1年前に結婚して変わった。「もっと自信を持って」「悔しいときは悔しいと口に出して言わなきゃ」。姉さん女房の励ましが、陰にこもりがちな男の心の換気扇を回し、素質を開花させた▼優勝カップを手渡した森喜朗首相も「ノミの心臓」で有名。一連の問題発言後の開き直りぶりからは、強心臓のようにも見える。それはさておき、魁皇のように、指導者の資質が花開くときがくるのだろうか。資質があれば、の話だが。(2000年5月23日)

 論説委員より 初優勝の次の場所で大関に昇進した魁皇。得意の右上手投げで貴乃花や若乃花、曙を豪快に投げ飛ばし、武蔵丸や朝青龍、白鵬らを苦しめてファンを沸かせた。優勝は通算5回。2011年7月場所で千代の富士の持つ史上最多記録1045勝を抜いた。生涯1047の白星を積み重ね、同場所で引退を表明。38歳だった。片や森喜朗元首相。舌禍で五輪の舞台から引退したのはご存じの通り。(2021年5月23日)

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