【動画】6・3普賢岳大火砕流30年 43人犠牲の教訓、次への備え

 長崎県島原半島の雲仙・普賢岳の噴火活動で、死者・行方不明者43人を出した大火砕流の発生から6月3日で30年を迎える。当時、地元の島原市は災害対策基本法による警戒区域を全国で初めて市街地に設定。噴火は5年7カ月に及び、住民は長期の避難を強いられ、基盤の農業や観光はダメージを受けた。

 噴火活動の開始は1990年11月17日。普賢岳は198年ぶりに眠りから覚め、火口にはマグマが固まった溶岩ドームが次々に現れた。91年6月3日午後4時8分、ドーム崩壊で発生した大火砕流が普賢岳東側の島原市北上木場地区を襲い、消防団員や警察官、報道関係者らが犠牲となった。93年6月23日には北東側の千本木地区で1人が亡くなった。

 高温の火山灰や岩片が、熱風を伴って流れ下る火砕流の発生は9432回。堆積した灰や岩は雨が降れば土石流となって田畑や集落を埋めた。その発生は62回。圧倒的な自然の猛威。一連の噴火の被害総額は2299億円に上る。「平成新山」と命名された巨大なドームは活動が終息した今も崩壊の危険をはらむ。

普賢岳の溶岩ドーム(平成新山、右奥)の麓に連なる導流堤や砂防ダム。今年3月末ですべての工事を終えた=2021年4月、本社ヘリから

火山とともに、復興に向けて

 この30年、地域は復興に向けて走った。土石流の岩や土砂は宅地のかさ上げや沿岸の埋め立て、農地の石垣に用いられ、山麓に誕生した公園は季節の花で彩られる。住民の暮らし、命を守る砂防ダムや導流堤は昨年度末までに完成。危険なエリアでも遠隔で重機を操る「無人化施工」の技術はここで生まれ、北海道・有珠山の噴火や熊本地震の際も活用された。

 島原半島は2009年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界ジオパークに認定された。古来の噴火でできた地形や地質、温泉や湧き水などの恵み―。人々は火山とともに生き、年月を重ねている。

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