【復刻】〝灰熱地獄〟に看護師絶叫「今、水を飲んじゃだめ」 普賢岳大火砕流

 死者・行方不明者43人を出した雲仙・普賢岳(長崎県)の大火砕流が起きてから3日で30年。発生直後の記事を復刻し、当時の厳しい状況を改めて伝えたい。(プライバシーなどに配慮し、一部の表記を修正しています)

 発生翌日の朝刊から

●炎熱の嵐 住民のむ 全身焼け「水を」 雲仙・大火砕流
(1991年6月4日 朝刊 社会面)

 「熱いっ、助けて」「水をくれ」――。3日午後、雲仙・普賢岳(長崎県島原半島)で起きた大火砕流は、死者1万5千人を出した200年前の「島原大変、肥後迷惑」の悪夢をよみがえらせる大惨事となった。押し寄せる火砕流、猛炎は次々と町をのみ込む。消防団員、住民が…バタバタと倒れて行く。自然の猛威の前に困難を極める救助活動。そして「住民、外国人研究者、報道関係者ら計32人が不明」の衝撃的なニュースも追い打ちをかけた。恐怖、焦燥……。深夜まで火炎に包まれた普賢岳ふもと一帯をにらみながら、小さな城下町は”灰熱地獄”と化し、火砕流パニックに包まれた。
 午後4時すぎ。水無川上流から全身真っ黒に焼け、やけどにただれた皮膚をむき出しにした消防団員たちが次々と下りて来る。「助けて」。足元はふらつき目はうつろだ。仲間が駆け寄る。倒れかかるように抱きかかえられ、救急車に運び込まれた。救急車はサイレンをとどろかせ、県立島原温泉病院へ突っ走る。
 猛熱で溶けた長靴、体中が灰に覆われてだれなのか顔、年齢さえ判明できない。「水を…」。言葉も途切れ途切れだ。
 「赤茶けた煙のようなものが突然近寄ってきて一瞬何が起こったか分からなかった」。同市札の元町、農業の男性(52)は白谷町の知人宅にバイクで向かう途中に巻き込まれたという。 「長靴を近付けると飛び上がるように熱かった」と恐怖の瞬間を語った。
 火砕流に加えて猛威を振るう火炎。夕やみをバックに、赤い炎がなめるように林から、集落から立ち上る。二次災害の恐れが出たため、消防団は出動禁止。「悔しか」。火炎への怒り、ため息が漏れるが、なすすべもない。
 発生直後に現場近くを訪れた住民(51)は、民家の雨どいや周囲の山林が燃え上がるのを目の当たりにした。「山全部が焦げて枯れたようだ」。”死の町”と化したわが住み慣れた古里の激変ぶりを語る。
 4日未明、火勢はやや衰えたが、火砕流は断続的に襲って来る。次は土石流か。やみの中に恐怖は続く。島原市民たちは立ち尽くすのみだった。

●黒い顔 息もできず 病院は修羅場 雲仙・大火砕流(同)

 「痛い」「水、水をくれ」と叫び廊下を転げ回る負傷者。「今、水を飲んじゃだめ」と絶叫する看護婦。負傷者が担ぎ込まれた県立島原温泉病院など、島原市内の病院は悲鳴と怒声が飛び交う修羅場と化した。
 負傷者の衣服を切ると、手足の皮膚がぼろぼろと落ちて、真っ赤な血がしたたる。「人間の顔じゃなかった」と目撃者。ほとんどが3-4度の全身やけど。自力呼吸もできず、気管を切開したり、口の奥にチューブを突っ込んだうえ、包帯でぐるぐる巻きにされたり、黒くススけた顔だけがのぞく異様な姿。負傷者の体を冷やすためのカチ割り氷や放水で、フロアは水浸しだ。
 島原温泉病院には、家族らが詰め掛け、手術室の扉が開く度に「大丈夫か」と声を詰まらせた。また手術室から出て来ない息子を気遣う母親の姿もあった。

●炎のみ込み気道やけど 負傷者の病状(同)

 17人のけが人が運び込まれた島原市の島原温泉病院では3日午後10時すぎ、蓮本正詞院長らが会見。「まるで炎をのみ込んだような状態」と、病状を説明した。患者のうち13人は口と肺を結ぶ気道がやけどではれているため呼吸が困難な状態。8人がのどの切開手術を受け、5人がのどに酸素吸入用のチューブを入れる応急処置を受けた。
 火砕流によるやけどは、一挙に高熱の空気が迫るため、全身やけどのほかにも、のどにやけどを負うのが特徴。熱風が肺まで達するような場合、12時間以上の生存は難しくなるという。

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