描く、教え子6人奪った火砕流の痕  #この一枚

 地の底から噴き上がったマグマが、緑豊かな風景を一変させた。

 198年ぶりの噴火活動の再開で、雲仙・普賢岳(長崎県)に溶岩ドームが確認されたのは1991年5月20日。その4日後には一部が崩れて火砕流となった。

 6月3日に43人が犠牲となった大火砕流の発生後も活動はやまず、次々にドームが出現。93年6月23日にも1人が犠牲になり、7月19日には火口から5・6キロの距離まで達した。終息には5年7カ月を要した。

 雲仙岳災害記念館(同県島原市)の語り部ボランティア、元高校教諭の満行(みつゆき)豊人さん(83)は「6・3大火砕流」で教え子だった消防団員6人を失う。被災から30年となるのを機に、地理教諭として撮った写真を基に、山麓が火山灰や溶岩で埋まり、緑が消えていく様子を水彩で表現。同じ場所から長い期間をかけて観察しており、変化が手に取るように分かる。

 「きちんと伝えたい、語り継ぎたい」-。そんな思いがにじむ。

     ◇

 記念館は大火砕流30年の企画展「あの時を、振り返る」を6月27日まで開催。満行さんの絵画のほか、写真、市民提供の記録などを紹介している。観覧無料。

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