どこまで残す…揺れる東京都心の「世界遺産級」鉄道遺構・高輪築堤

東京ウオッチ

 文明開化の技術の迫力に圧倒された。東京・(たかなわ)周辺で2019年以降、日本で初めて1872(明治5)年に開通した鉄道の遺構が断続的に出土。今年5月末に見学する機会を得て、現場を踏んだ感想だ。梁(きょうりょう)跡などが当時の錦絵そのままに残り、「気(おかじょうき)」と称された機関車が今にも煙を吐きながらドドドと接近してくる錯覚に陥った。「世界遺産級」との評価もある遺構だが、一部保存の方針を決めたJR東日本と、全面保存を主張する専門家の間で対立が起きている。少しでも広い範囲を保存できるよう、国に積極的な関与を望みたい。

 30度ほどの傾斜で、のり面に整然と石積みが並ぶ。もし、現役で使われている設備ですと説明されたとしても違和感がないほど、保存状態がよい。

 見学したのは、出土した「高輪堤(ちくてい)」と呼ばれる鉄道遺構の中で核となる「第七橋梁跡」(東京都港区)。線路跡の下に橋脚や、船を通すための水路が残る。港区教育委員会の川上悠介学芸員によると、石積みには往時の先進的な西洋技術と、日本の伝統的工法の特徴が共存しているという。「和魂洋才」で、欧米諸国に一日も早く追い付こうとした明治の日本人の心意気が伝わってくる。

 私は許可を得て入ったが、第七橋梁跡は再開発用地の一角にあり、普段は見ることはできない。後述のように現地保存、公開される予定だが、再開発に向けていったん埋め戻す工事が6月4日、始まったところだ。

当時の石積みと水路跡が鮮やかに残る高輪築堤の第七橋梁跡=5月29日、東京・港区(撮影・湯之前八州)
東京湾上を走った鉄軌道

 新橋-横浜間で開通した本邦初の鉄道は、現在のJR田町駅付近から品川駅付近の約2・7キロにわたり、東京湾上に造られた堤の上を走っていた。これが高輪築堤だ。着工は、今から約150年前の1870(明治3)年。沿岸部に土地を持っていた軍部が鉄道用地を提供するのを嫌がったことから、苦肉の策で“海上鉄軌道”にしたとの逸話がある。その後、明治末期から昭和初期にかけて埋め立て工事で撤去されたと考えられ、つい1年半前まで遺構の真上を山手線と京浜東北線が走っていた。

 発見のきっかけとなったのは、山手線で約50年ぶりの新駅となった2020年の高輪ゲートウェイ駅の開業と、周辺の再開発計画。線路の移動に伴い調査したところ、約800メートルにわたって遺構が姿を現した。第七橋梁跡のほか、十字状に組まれた木製の基礎が残る信号機跡など、貴重な史料が含まれている。

 (れいめい)期の鉄路は、主に英国の技術を導入して敷設された。新橋-横浜間は、「お雇い外国人」として来日した英国人技師エドモンド・モレル氏が指導。海上の鉄道は世界的に見ても技術的難度が高い。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)の国内組織で、文化遺産保護に関する活動をしている「日本イコモス国内委員会」の技術遺産小委員会主査、伊東孝さん(75)は、こう評価する。「長年、土に埋まっていたため、遺構が風化することなく出てきた。当時の技術を目の当たりにできて、世界文化遺産に登録されてもおかしくない価値がある」

調査で出土した石垣や杭。西洋の工法と日本の伝統技術が融合した当時の技術の貴重な史料だ=5月29日、東京・港区
「一部保存」に専門家反発

 ところが-。せっかく出土した貴重な遺構が、保存を巡り揺れている。

 現地でJR東日本が計画する再開発事業は、国家戦略特区にも指定された巨大プロジェクト。高輪築堤のエリアは、2024年度の「街開き」が予定されている。

 JR東日本は昨年9月から、考古学や鉄道史などの有識者で構成された検討委員会を設置して議論してきた。その結果、今年4月、第七橋梁跡を含む約120メートル区間を現地保存し、信号機跡などの約30メートル区間は移築し、他の区間は調査し記録を残した上で解体する方針を決めた。この方針だと、新築する高層ビルの位置を十数メートルずらすなどの計画変更を迫られる。遺構の保存・公開のための費用も合わせ、必要となる追加支出の試算額は300億~400億円。JR東日本は、再開発のスケジュール自体は維持する構えで、この方針はぎりぎりの経営判断だったことがうかがえる。

 ただ、これに反発し、全面保存を訴える専門家は多い。JR東日本の検討委は方針決定に合わせ、異例とも言える見解文書を公表した。いわく、信号機跡周辺を現地保存しないことを「文化財的価値を損なうために承認できないが、開発計画の時間的制約からやむなしとせざるを得なかった」というのだ。不本意さが前面に出てきている。

 日本考古学協会の辻秀人会長は5月31日に出した声明で、高輪築堤について「国の宝であり、世界の宝とされる可能性も秘める重大な遺跡で、全面的に保存し、次世代に伝える必要がある」と要望するとともに、「これだけの遺跡であるにもかかわらず、公開が限られている」と訴え、幅広い公開を求めた。日本イコモス国内委も5月、「世界文化遺産として国際社会が評価する可能性もある」として、現地全面保存を求める要望書をJR東日本や関係省庁などに提出。海外にも情報発信し、働き掛けを強めるとしている。

首相「正直言って感動した」

 そんな中、5月29日、第七橋梁跡などの視察に臨んだのが菅義偉首相だ。

 「当時2年ちょっとで、こうした物を建設できるというのは本当に素晴らしい。正直言って感動した」と記者団に述べ、行政の財政支援が可能になる国史跡指定に早期に取り組む考えを示唆した。専門家が全面保存を求める一方、JR東日本が一部保存の方針であることに関しては「港区や東京都、政府も連携しながら、街づくりは進めていかなければいけない」と語るにとどめた。

 開発と保存、どちらを優先するか-。古くて新しい、難しい課題だが、世界に誇る遺構の保存には、民間企業の自助努力だけでは限界がある。国の十分な関与が欠かせない。首相の強いリーダーシップで、少しでも広い範囲の保存を実現してほしいと思う。近代国家日本の幕を開き、力強くけん引した鉄道ロマンには、私たちが受け継ぐべき先人の思いが凝縮されているのだから。(湯之前八州)

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