大戦中の糸島にゆかり…日章旗の「長田君」 米国人が持ち主探し

 思いのこもった日章旗を持ち主や遺族に返したい-。太平洋戦争時、福岡県糸島市ゆかりの人たちが寄せ書きしたとみられる日章旗を保管する米国人男性(79)が、西日本新聞「あなたの特命取材班」に協力を求めてきた。寄せられた旗の画像には「祝 長田君入隊」と共に、糸島市を連想させる「白山神社」「浮岳」などの文字がある。手掛かりを求めて、同市の白山神社周辺を訪ねた。

 「間違いない。父の字です」。「白山神社々司河上」の文字を見て、24代目宮司の河上定徳さん(76)は断言した。戦時中に宮司を務め、1993年に亡くなった父定春さん(享年78)の字という。

 旗は縦67センチ、横97センチ。大きく「祈武運長久」とあり、日の丸を囲むように「忠孝一本 父」「全身是闘魂 田中菊次郎」などと書かれている。ガダルカナル島の戦い(42~43年)での敗戦を示す文言もあることから、43年以降に書かれたようだ。

 70年近くも米国で保管されていた旗。河上さんは「戦争の憎しみを超えて、大事にしてくれていたのだと思う。日本人としてありがたい」と話す。

 寄せ書きには17人の名前が確認できる。河上さんに教えられ、その1人、立藤実穂さん(享年89)の妻(94)と会うことができた。「夫の字で間違いない。昔はよう千人針とか、寄せ書きとかしとったもんね」と思いをはせた。

 旗を所有するのはニューヨーク在住のウォーレン・アイデラーさん(79)。取材班に連絡してきた知人の日本人女性によると、アイデラーさんの父親の同僚が終戦直後に日本で入手し、50年代に譲り受けた。父親は既に亡くなり、詳細は不明だが、同僚に旗の意味を聞き、いつか元の持ち主に返そうと、光の当たらない引き出しで大切に保管してきたという。

 長田姓が多い地区を歩いてみた。数軒で話を聞いたが、持ち主に関する情報は得られなかった。戦地に赴いた「長田君」とは誰なのか、どんな運命をたどったのだろうか。

 情報提供はアイデラーさんの知人女性のメール=tokikonyc@aol.comもしくはあなたの特命取材班へ。 (小林稔子)

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