希少難病「兄弟の笑顔守ろう」 父母の決意、地域社会が支えた

ムコ多糖症(上)

 生まれつき特定の酵素が足りず、不要な物質が体内にたまることから発達の遅れや体の機能低下を起こす進行性の「ムコ多糖症(2型)」。希少な疾患のため、患者の暮らしぶりはあまり知られていない。今年、新しい治療薬が国内で承認され、販売が始まった。従来の薬より、症状の改善効果が期待できるという。在宅で闘病生活を送る当事者や家族たちの思いとは。

 九州で、同症の2人の息子と暮らしてきたある夫婦。「いち、に、いち、に…」。たまに弟(18)を連れだし、新緑の山々を見渡す川沿いを親子で散歩する。足首の関節が硬く、かかとを浮かせて一歩ずつ。弟は言葉は出ないものの、時折、野太い声で笑う。

 ずっと一緒だった寝たきりの兄(22)が施設に移ったのは1カ月前。「寂しいんでしょう。スマートフォンでビデオ通話するとうれしそうです」と母(54)。

 しばらく歩くと、父(54)の背中に手を回し、50キロ近い体をもたせかけた。「足が痛むのか、最近は転びやすくなりました」。食事もむせることが多い。

目も手も離せず

 兄が病気と分かったのは、保育園児だった5歳のとき。発達相談で疑われ、足を運んだ大阪の専門医から診断を受けた。

 「ほとんどの人が20歳まで生きられない、と言われて心が折れた」と父。「ショックで声も出なかった」母は、懸命に前を向いた。「訓練して、病院にも行って、とにかく頑張って家族の笑顔を守ろう」と。

 地元の小学校に通い始めたころは、多動などの行動障害が顕著だった。緊張すると「うわー」と大声が出る。少しでも目を離すと陳列された店の商品を乱す。手を離せば、車道に飛び出す。何回も迷子になった。

 運動神経がよかった五つ年下の弟も3歳のころ、同じ病気と判明した。「兄を支えるために生まれてきてくれたと思ったので…。落ち込みました」(母)

悪化し寝たきりに

 兄が9歳、弟が4歳のとき、不足する酵素を補う投薬治療を始めた。薬の日本での承認が海外より遅れる「ドラッグ・ラグ」が問題視される中、全国規模の家族会などが声を上げ、使えるようになった初の治療薬。症状を改善し、抑制する効果があるとされた。

 週1回、大学病院に通い、4~5時間かけて腕に点滴した。多動のある2人の通院は母一人では難しく、父も毎週、会社を休んだ。

 特別支援学校の中学部に進んだ兄は徐々に呼吸状態が悪化。車椅子を使うようになった。誤嚥(ごえん)して何度も救急車を呼んだ。父が心臓マッサージをし、一命を取り留めたこともある。気管切開し、人工呼吸器を装着。寝たきりで全介助の在宅暮らしが始まり、食事も胃ろうになった。

 訪問看護やヘルパーを利用しつつ、息子たちにアンテナを張り続ける日々。「きょうも何とか命がつながった」。夜、母はそうつぶやきながら目を閉じた。

豊かさに気づいた

 幸い、地域の支えに恵まれた。兄の小学校の同級生たちは、在宅生活になっても家に遊びに来た。父の職場の上司や同僚は勤務時間に配慮し、治療薬承認の陳情にも協力。地元の学生ボランティアも、率先して見守りを手伝ってくれた。

 「息子が1人なら親だけで何とかしようとしたのかも。2人なのでSOSを出すしかなかった」。小学校に入学後すぐ、母はクラスの親仲間に病状を説明。役所に「とにかく人手が足りない」と訴え、夫婦で兄弟を紹介するビラも作った。「支えがなければ、うちはとっくの昔につぶれている」。しみじみ父は思う。

 弟の身体機能に陰りが見えてきたのを機に、兄は4月末、障害者施設に入所した。「寂しさはあるけど、前から考えていた」と母。家族一人一人の将来を見据えた決断だった。

 今年、国内で承認された新薬は、これまで難しかった脳内に作用し、より高い改善効果が見込めるという。「今の体の状態が維持できるなら、それだけでうれしい」。父母はそう口をそろえる。治るかどうかをことさら意識しないのは「重い障害の子がいるからこその『豊かさ』に気づけた」から。同じ地域で暮らす人と人のつながりが、家族の孤立を癒やす“薬”だった。「治らない障害がある人もいる。誰もが顔の見える距離で、寄り添う存在がいる社会になってほしいです」。 (編集委員・三宅大介)

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