「どの学校、どのクラスでも起こりうる」現場に募る危機感

復刻連載・冷めた視線-学級崩壊の現場から<2>

 ピピーッ。小学校の5年生の教室に、突然、甲高い音が響きわたった。1人の男子児童が、手にしたリコーダーを思いきり吹いたのだ。

 ちょうど1年前、3学期が始まったばかりだった。キャリア20年以上のベテラン女性教師、高島幸子先生は算数を教えていた。

 その笛が合図となり、クラスの半数近い子どもが席を離れた。おしゃべりを始める子もいた。「こらっ、授業中でしょ」。厳しい口調で男の子からリコーダーを取り上げたときには、もう教室全体が収拾のつかない状態になっていた。

 「席につきなさい」「静かに」…。先生の声も教室の大騒ぎに埋没していった。

 5年生の学年主任から、「最近、高島先生のクラスの様子がおかしい」との報告を受け、廊下から授業の様子をのぞいていた勝野信夫校長は、首をかしげた。

 「指導力は申し分のない先生なのに…」

   ×   ×

 勝野校長が「学級崩壊」の現場にぶつかったのは、これが3度目だった。

 最初は4年前、前任校の5年生のクラス。担任は、高島先生と同世代、50歳前後の男性教師。熱意が全く感じられなかった。

 子どもたちが何をしようと、全くの放任。黒板を向いたまま、お構いなしに授業を進める。子どもが教室から出ても見て見ぬふり。終業のチャイムが鳴るとすぐに帰宅して、子どもたちと触れ合う時間を持とうとしない…。

 「教師に何度注意してもだめ。どうしたらいいのか」と、勝野校長も頭を抱えた。

 同校では、5年生の担任は持ち上がりで6年生も同じクラスを受け持つのが通例だった。が、このときばかりは、校長判断で担任を代えた。

   ×   ×

 2度目は3年前、30歳代前半の女性教師のクラスだった。1学年が10人に満たない小規模校から転任してきたばかり。前任校の校長からは「一人ひとりに目配りのできる熱心な先生」という評価が届いていた。

 戸惑わないように、と前任校と同じ6年生の担任にした。クラスの人数は37人。それが1学期の6月ごろから、雰囲気がおかしくなり始めた。

 勝野校長が校内を見回っていると、授業中に2人の男子が階段の踊り場に座り込み、携帯型ゲーム機に熱中していた。教室からはざわざわとした声が漏れてくる。

 2人を校長室に連れていき、理由を問いただした。2人は「教室の後ろのほうで遊んでるやつは見逃して、前の席のおれたちばかりうるさく注意する。頭にきた」と口をとがらせた。

 勝野校長が2人を連れて教室に戻ったら、担任は窓際の最前列の女子の机の前にしゃがみ、赤鉛筆を持って個人指導の最中だった。

 校長の「ほら、席について」との声でようやく2人に気付いた担任は、そのままの姿勢で顔を上げると「すみません、校長先生。こらっ、ちょっと待ってなさいって言ったでしょ」と注意しただけで、またすぐ女の子への説明を続けた。

   ×   ×

 子どもたちが教師の言うことを聞かず、授業が成り立たない「学級崩壊」に、一定のパターンは見いだせない。それだけに、教育現場の先生たちは「どの学校、どのクラスでも起こりうる」(小学校長)と危機感を募らせる。

 無気力な教師、転勤後の環境変化についていけない教師…。「そんな教師が原因なら、何とか対応はできる」と勝野校長はいう。

 でも、指導力に定評のあった高島先生の場合は…。「確かに“混乱”の先導役になった子どもの性格や家庭に問題もあった。ただ、周囲の子どもまで同調させてしまったのは、やはり教師に何らかの問題があるのではないか…」

 学年主任や同学年の教師たちを交えて話し合っても、はっきりした原因には行き着かなかった。

 「これまで信じてきた自分のやり方に自信が持てなくなった」。高島先生は自ら申し出て、今、低学年の副担任をしている。

 担任が代わり、クラスは静けさを取り戻した。

 「担任を交代させることが解決策とは考えたくない。時代に合わせて、子どもたちに合わせて、学校、教師が変わらなければならない。それは分かるが、さてどう変わればいいのか…」。勝野校長は自問する。(文中仮名)

   ◇   ◇

 ◆1990年代後半から問題になった「学級崩壊」。あれから20年余り、教育現場はどう変わったのか、変わっていないのか。当時の連載を読み返し、教育の今を考えるヒントにしてみませんか。

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