「でも、今こそ」大きな反響呼んだ“SOS” 本音をぶちまけた教師

復刻連載・冷めた視線-学級崩壊の現場から<4>

 岡山県で開かれた日教組の教育研究全国集会。各地から約4千人の教師たちが集まった集会で、初めて「学級崩壊」が主要テーマの一つになった。

 意を決したように立ち上がって苦しかった体験を語り出す教師、話の途中で思わず声を詰まらせる教師…。それぞれが、それぞれの現場で抱え込んだ“思い”をさらけ出した。

   ×   ×

 「私の学校でも学級崩壊といえる状態があった。でも半年間、自分も含めてだれも気づかなかった」

 福島県の男性教師の声が会場に響いた。荒れた学級でいじめられ続けた女の子がいた。その子が転校するまで、担任は同僚たちに何も話さなかった。

 北海道の女性教師はつらい体験を打ち明けた。一見「いい子」だが、陰で友達に暴力を振るう男の子。「家庭に問題はありませんか」。何気なく発した質問が親の逆鱗に触れた。以来、学校と親、二重の圧力に苦しんだ。

 「崩壊を先導する子どもの保護者ほど『担任を変えろ』と言う。そして学校は担任を守ってはくれない」と不信感をあらわにした。

 教師たちは悩みや不安を正直に口にした。そこからは、子どもだけでなく、同僚教師や保護者とも希薄な関係しか結べなくなった学校の現状が透けて見えた。

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 「子どもが出しているSOSを受け止めるのが教師。その教師がSOS出してどないするんや」。関西地方の小学校に勤務する30代の教師は、6年生を受け持っていたとき、そう自分に言い聞かせていた。

 2学期に入って、一部の子どもの言動がエスカレート。クラス全体で話し合ったり、家庭訪問を繰り返した。それでも、荒れはクラス全体に及んでいった。

 「精神的に参った。朝、学校に行くだけでかなりのエネルギーがいった。職員室から教室に上がるのも体が重い」。やっとたどり着いた教室で、子どもたちを見た途端に言葉が出なくなったこともあった。

 5年時の担任からは何の引き継ぎもなかった。「担任が自分だからこうなったんや。教師失格どころか、人間失格。だから子どもたちは荒れるんだ」。

 同僚の助けを借りて卒業まで見届けたものの、胃には穴が開き、神経科に通うまで追いつめられた。

   ×   ×

 「しんどい思いを語り合いましょう」。翌年、地域の教師の集まりで思い切って呼びかけた。自分の中に整理がつかないまま残された学級崩壊。本音を包み隠さずぶちまけた。そうせずにはおれなかった。

 その「SOS」は大きな反響を呼んだ。

 「子どもが自分をばかにする、反抗する、授業が成り立たない。そんな事実は教師にとってつらいし、認めたくない」「こんな話を公の場でするなんて考えたこともなかった。でも、今こそオープンに話し合う必要がある」

 同じ立場にいる教師の一言一言に、奮い立った。

 「先生はもっと父母に助けを求めるべきだと思う。分からない親はいくら言っても分からないかもしれないけど、そんな人ばかりと思わず絶望しないで」。少数だが、保護者から好意的な意見も返ってきた。

 「もう一度同じ体験をしたら自分はつぶれる」。そんな不安を抱えながら教師を続けてきた。今、声を詰まらせながら訴える。

 「教師だって苦しいときは苦しいと言いたい」

   ×   ×

 「受験や塾に追われる子どもたちのストレスが、学校で噴き出している」

 「親も教師も忙しく、子どもの話を聞いてやれない」

 「今の子どもたちは思い切り遊ぶことを知らない」

 会場の教師たちは、学級崩壊の原因について、「地域や家庭など社会全体の変化が複雑に絡み合っている」と口をそろえた。そして「学校は社会の変化についていけていない」とも。荒れを目の前にした教師の多くがこう感じている。

 学級崩壊は、現状に息を詰まらせる子どものSOSであると同時に、学校だけでの対応に限界を感じる教師のSOSともいえないか。

 「もう学級、学校だけでは支えきれない。何もかもさらけ出して、親も地域もそして社会も一緒に考えてもらわなければ」。ベテラン教師の訴えに多くの教師がうなずいた。(文中仮名)

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 ◆1990年代後半から問題になった「学級崩壊」。あれから20年余り、教育現場はどう変わったのか、変わっていないのか。当時の連載を読み返し、教育の今を考えるヒントにしてみませんか。

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