「乗り鉄」が49歳でかなえた夢 「生涯運転士貫きたい」胸躍らせ

 ≪筑豊と京築地方を走る第三セクター「平成筑豊鉄道」(平筑、福岡県福智町)の運転士を務める佐藤和則さん。同社の社会人採用試験を受けて3年前に入社。研修を経て、初めて一人で運転席に座り乗客の乗る列車を動かしたのは49歳という遅咲きデビューだ≫

 高校卒業後、約30年間郵便局に勤めていました。充実した仕事生活でしたが、列車の運転士になるのは子どもの頃から温めていた夢でした。

 父が旧国鉄の機関士で、幼少の頃は直方市の機関区に連れて行ってもらったこともあり、列車は身近な存在でした。時刻表を読み込むほどの鉄道好きに育ち、将来は父と同じ道に進もうと思っていましたが、私が社会人になる頃は、国鉄民営化の影響で新卒採用を絞り込んでいた時期。当時の採用には必要だった裸眼視力が低かった点もあり、運転士への思いは心の中にしまい、鉄道旅の「乗り鉄」を趣味として続けていました。

 ≪友人から気になる情報をもたらされたのが、人生を変えるきっかけになった≫

 「平筑が社会人採用やっとるよ」と、鉄道好き仲間が教えてくれました。平筑といえば、列車の運転体験イベントに参加したこともあるし、幼少期には父の実家の大任町に行くために乗った伊田線がある、私にとって縁の深い鉄道会社。ちょうど管理職になって単身赴任も数カ所経験し、今後の生き方に悩んでいた時期でもありました。

 駄目元で受けたところ、1次、2次とまさかの試験通過が続きました。最終試験前に受験のことを妻に告白し、ついに合格した後は運転士になりたい思いをぶつけました。妻は「夢をかなえられるのなら、いけるところまで頑張って」と理解してくれました。

 ≪2018年、全く畑違いといえる鉄道会社での人生をスタートさせた≫

 最初の約3カ月間は、JR九州の研修センター(北九州市門司区)に入り、九州の他社の若者たちと一緒に寮生活をしながら運転士の基礎を学びました。その後は1人の師匠に付き、JR日田彦山線で列車を動かす研修。平筑に戻って先輩に見守られながらの運転を重ね、19年3月20日がひとり立ちの日でした。

 その日の夕方、直方-田川伊田間を往復する際、妻と3人の子どもが乗ってくれました。降車するときに手を振り合ったくらいで話をする余裕はありませんでしたが、うれしかったですね。

 ≪仕事ぶりが会社に評価され“看板”の列車の運転も任されるようになった≫

 私がひとり立ちした日と同じ月に華々しくデビューしたレストラン列車「ことこと列車」は、フレンチを味わいながらゆっくりと車窓を楽しめる特別な列車です。「私もいつかは」と考えていたところ、今年の春、運転をしないかと会社から声が掛かりました。思ったより早い呼び掛けに喜んで応じました。

 5月3日の初運転。上がってしまい、車窓に合わせたスムーズな車内放送など改善すべき課題はありましたが、お客さまに満足と感動をしてもらえる運転をしようと決意をさらに強くしました。現在、ことこと列車はコロナ禍で運休中ですが、通常運行再開後は、また乗務する予定です。

 ≪新たな仕事に就いて3年が過ぎたが、胸は躍り続けている≫

 せっかくかなえられた夢。必要とされる限り「生涯運転士」を貫きたいです。 (坂本公司)

   ◇    ◇

 さとう かずのり 1969年生まれの51歳。直方市出身。鞍手高卒業後、国家公務員試験を受けて郵便局員に。30代までは筑豊地区の郵便局で主に働き、管理職になった40代では熊本市の日本郵便九州支社や大分県、北九州市の郵便局に勤めた。2018年6月、平成筑豊鉄道に採用された。

関連記事

福岡県の天気予報

PR

PR