コロナ自粛が緩む今願う「大事な人守る行動を」 父みとれなかった女性

 新型コロナウイルス感染で、九州最多の488人(11日時点)が亡くなった福岡県では3度目の緊急事態宣言下も、人出の減りはにぶい。できる限りの感染対策をしていたにもかかわらず、今年2月にコロナで実の父親(享年71)を亡くした県内に住む女性(37)は訴える。「大事な人を守るための行動を取ってほしい。そうしないと、悔やんでも悔やみきれなくなる」。

 女性は実の両親とともに6人家族で暮らしていた。もともと休日はみな家で過ごすことが多く、女性は看護師であるため、人との接触を避ける生活を続けていた。しかし、今年1月、家族全員が次々とコロナに感染。間質性肺炎の持病がある父親は県内の大学病院に入院し、同時期に感染した夫(42)と母親(65)はホテル療養となった。

 約1週間後に夫と母親が療養を終えたが、今度は女性と長男(8)、次男(6)が感染し、女性はホテル療養、子どもたちは自宅療養をした。離れ離れになってもビデオ通話でつながる日々。大丈夫、乗り越えられる-。そう思っていた。病室のベッドで安静にしていた父親も画面越しでは元気そうだった。

 しかし、約3週間の入院を経て2月上旬に一時退院した父親は別人のようにげっそりとしていた。自宅では1メートル歩くごとに息切れし、うずくまった。3日後に再入院。医師からはコロナで肺炎を起こしていると伝えられた。コロナは治まり入院の長期化は持病が原因と思っていた家族にとっては信じられない言葉だった。「最悪のことを覚悟してください」。そう告げられた。

 再入院した1週間後の電話。シューシューと、酸素吸入器の音が大きく漏れ聞こえるなかでの会話。「もうきつい。切るよ」。たったの10秒間、それが父親との最後の会話となった。

 その夜、大学病院のナースセンター。駆けつけた家族が父親の病室に取り付けられたカメラの映像を見つめる。酸素マスクを付けて横たわった父親。互いに音声は聞こえない。病室に入った看護師がカメラを指さす。父親はこちらを見つめ、悔しそうに拳でベッドを殴るようなしぐさをした。それが生前に見た最後の姿となった。

 ようやく会えた父親は納体袋に2重に包まれ、ひつぎの中だった。暗がりで顔ははっきり見えなかった。「何があっても一人でいかせるつもりはなかったのに。さみしい思いをさせたままだった」。納体袋を通し顔を見られたのはたったの5分。家族と別れた後、父親は葬儀車の中で一晩を過ごした。とても寒い夜だった。

 勤めていた自動車学校では厳しかった父親。61歳で幼稚園のバスの運転手になってからは「すごく優しくなった」。保育士や園児から慕われ、お別れ式には家族の想定を大きく上回る100人以上が参列した。

 看護師として大勢をみとってきた女性。その自分が父親をみとれなかったことの悔しさで胸がいっぱいになった。一時退院したときに撮影した家族写真。何年後かに「こんな大変なこともあったよね」と、笑い合うために撮ったはずなのに。

 納骨の予定はしばらくない。最期に寄り添えられなかった分、もう少し一緒に過ごしたい。 (小林稔子)

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