片山恭一は語る AI時代の愛、コロナ禍の今に

「世界の中心で、愛をさけぶ」片山恭一さんインタビュー(上)

 連載「フクオカ☆シネマペディア」で紹介した映画「世界の中心で、愛をさけぶ」の原作者、片山恭一さんに、「コロナ禍と恋愛」をテーマに話を聞いた。新型コロナウイルス禍で人工知能(AI)時代への転換が加速し人間が働かなくてもいい社会が視野に入る中、人を好きになること、人を愛することが人間の営みとしてこれまでより大きな意味を持つという。上下2回に分けて紹介する。 (聞き手=吉田昭一郎)

源氏物語の頃の不便さに比べれば

 僕は、コロナ禍だからといって、人が恋愛することには何の関係もないと思っています。人を好きになる、人を思う行為はコロナ禍ぐらいで変わるものではない。中世のペスト時代もそうだと思います。日本が今よりもずっと不自由だった戦争期にも、人の愛し方は変わらなかったと思うんです。それに比べて、コロナ禍はそれほど追い詰められた状態ではない。社会・経済活動には不自由さはあるけれども、人間の本質に関わるほどの大きな衝撃ではないような気がします。

 もう少し例を挙げれば、源氏物語の頃から恋愛というものはそう変わっていない。平安京の宮中にあって天皇を中心とする高級貴族とそれを取り巻く女性たち、後宮の女性たちの話ですけど、非常に不自由な世界なんですよ。プライバシーはほとんどないし、いろんなしきたりや物忌みなどに縛られている。その中で、和歌をやりとりしたり、夜這いをしたりして、なんとかやりくりしていたと思うんです。そうした不自由さ、不便さに比べれば、コロナ禍で新しくできた社会ルールは大したことはない。まだまだいろんなことができる。

 ソーシャルディスタンスと言うけれども、今までだって遠距離恋愛ってあったわけですしね。僕たちの時代だって文通、ペンフレンドっていうのはごく普通にありました。今はもっと便利になっていて、ネットがあるし、SNSがあるし、テレビ電話もごく日常的になってきた。遠距離恋愛のインフラは完備されている気がするんですけどね。

 もともと恋愛というのは、一つ一つが手作りというか、一人一人が創作していくものだと思うんです。ある決まったやり方ってない。出会った人と人の間で、それぞれ固有の付き合い方を生みだしていく、本来、非常にクリエーティブなものだと思うんですよね。そういう恋愛の本質はコロナによっても変わらないと思います。

書斎で片山恭一さん

仕事、労働より「何のために生きるのか」

 何が一番変わるかというと、AIのようなものが生活のデザインを変え、人間の労働にとって代わる、その変化をさらに加速させるってことだと思うんです。そういうふうに社会は変わっていきつつあったんですけど、コロナが出てくることによって前倒しで、変化のスピードがかなり速くなっている気がするんですね。

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