228年の老舗蔵元、最後の「櫛田入り」

 江戸後期創業の福岡市の蔵元「綾杉(あやすぎ)酒造場」が、7月末をめどに228年の歴史に幕を下ろす。日本酒の消費縮小などで事業継続を断念し、廃業する。近年は博多祇園山笠にちなんだ銘柄「櫛田入り」などを造り、山のぼせに愛されてきた。山笠の舁(か)き山行事は、新型コロナウイルスの影響で2年連続延期になったが、9代目代表の中尾卯作さん(71)は「最後の務め」と、今年の酒に万感の思いを込める。

 酒造場は1793(寛政5)年に創業。「綾杉」の商号は、先祖が同市東区の香椎出身だった縁で香椎宮の神木に由来。黒田藩に酒を納めていたとも伝わる。長く同市・天神で酒造りを営み、大正時代に撮影された写真には、今も天神のランドマークとなっている赤れん文化館(旧日本生命九州支店)と並び、広大な敷地の酒蔵が確認できる。

綾杉酒造場の桶を手がけた桶職人で画家の山本忠二郎さん(故人)が描いた、天神にあった頃の綾杉酒造場

 天神で酒造りをしていた当時、まだ小学生だった中尾さんは「干してあった大きなおけやこうじむろで遊んでよく職人に叱られた」と懐かしむ。代表銘柄「綾杉」は、熟成や装丁にもこだわり、地元を中心に親しまれてきた。

 1958年に酒造場周辺での区画整理事業を機に、同市南区に移転。都市化が進み、酒造りに欠かせない水の確保が難しくなり、70年ごろに自前での仕込みを断念。酒を外部から仕入れて「火入れ」や「瓶詰め」など最終工程を手掛けるメーカーに転換した。

 中尾さんが父から後を継いだ2005年。「福岡市の酒造会社として、博多が誇る祭りにふさわしい酒を造りたい」とかねて温めていた構想を実現し、翌年発売した「櫛田入り」は、舁き山が無事に櫛田神社に奉納されることを祈る酒だ。

 口当たりは甘く穏やかで冷酒にも向く。舁き山の指揮を執る「台上がり」に選ばれた人に贈られたり、追い山の前に各ながれが一同で飲んだりと祭りを支える存在になった。ラベルの文字をごうした博多祇園山笠振興会前会長の豊田かんさん(76)は「お世話になった人に贈る、人と人とをつなぐお酒だった。なくなるのは寂しい」と惜しむ。

 一方で、日本酒の国内出荷量は右肩下がり。仕込みを外部に頼るメーカーには、難しい時代を切り開く展望を描けなくなっていた。「廃業は心苦しいが、悔いはない」

 最後の「櫛田入り」は限定350本で販売中。ラベルには「令和四年へ」と刻んだ。「来年こそは立派な舁き山の奉納ができますように」-。中尾さんと山のぼせたちの思いを込めて。

(中西是登、布谷真基)

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