科学的根拠ない観客上限1万人、東京五輪への「地ならし」

 新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の解除後、大規模イベントの観客上限を1万人とすることが決まった。開幕まで1カ月余に迫った東京五輪を有観客で開催する「地ならし」で、政府は大会の観客数にもこれを準用したい意向だ。あからさまな政府の思惑に感染症の専門家たちの口は重く、国民の理解を得られるかも見通せない。

 五輪の観客をどこまで入れるかは、今月中に政府や国際オリンピック委員会(IOC)などが協議し、判断する。菅義偉首相は有観客での開催に強い意欲を示しており、開催反対の世論が広がる中でも「最大限の数を模索」(官邸筋)してきた。

 首相は五輪の観客について、プロ野球などの観戦でクラスター(感染者集団)が発生していないことを根拠に、定員の50%を上限とする案に自信を見せていたという。今回の大規模イベントも、定員50%を軸に検討されたとみられるが、専門家の懸念を無視できなくなり「上限1万人の枠をはめることになった」と政府関係者は明かす。

 専門家たちは五輪を巡る政府の思惑にからめ捕られることを嫌った。

 「きょうの議論は五輪とは一切、関係ない」。大規模イベントの「上限1万人」を了承した16日の感染症対策分科会の会合後、政府と専門家の双方が口をそろえた。専門家にすれば、重大な感染拡大のリスクを否定しきれない問題に先鞭(せんべん)をつけることになりかねない。出席者の一人は「議論が収まらない可能性があった」と漏らした。

 実際、分科会に先立ち開かれた厚生労働省の専門家組織会合では、有観客での五輪開催リスクを可視化するシミュレーション結果が示されていた。西村康稔経済再生担当相は「分科会に(判断の)権限はない」と予防線を張った。

 海外からの入国が限定的とはいえ、そもそも国際的な祭典である五輪と国内のプロスポーツなどを同列に扱うことへの懐疑的な見方は強い。分科会メンバーで東京都立駒込病院の今村顕史感染症科部長は、地域やファンが限られ、年間を通して試合数も多いプロスポーツと五輪の議論が「同じ条件で評価できるという証明はなされていない」。

 全国から多様な人が開催地に集まり、大会期間中に複雑に行動すれば、「人の流れが増幅して感染リスクが高まる」(今村氏)のも避けられない。舘田一博東邦大教授(感染症学)は「五輪は規模が全然違う。より厳しい基準を考えないといけない」と念を押す。

 1万人という数字にも明確な根拠は見当たらない。これまでは宣言や重点措置後の大規模イベントは収容率50%まで誘客できた。政府は「より厳しくなった」とするが、「何かエビデンス(科学的根拠)があったわけではない」と政府高官は明かす。

 飲食店などの営業時間短縮が続くようなら事業者の反発も予想される。衆院選を控える与党内からも「全く整合性がとれず、有権者に説明が付かない」(ベテラン)との声がある。

 (東京支社取材班)

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