焼夷弾が落ちる音、廊下に並んだ遺体…戦争に反対する、かつての焼け野原で

福岡大空襲から76年

 福岡市早良区南庄の森部聰子さん(83)は7歳の時、旧博多部の奈良屋地区で福岡大空襲を経験した。多くの命と自由を奪ったあの戦争から76年。集団的自衛権の行使を認めた安全保障関連法などにより、「戦争ができる国づくり」が進んでいると感じている。森部さんは政府が出す情報をうのみにするのではなく、「正しい情報」を基に判断することの大切さを訴える。

 「バスを降りてこけちゃった」。取材の待ち合わせ場所にやって来た森部さんは、マスクの下に照れ笑いを浮かべた。「あの夜も、3回転んだのよ」

 1945年6月19日夜のことは、今も鮮明に覚えている。奈良屋国民学校(現博多小)の2年生だった。身重の母と手をつなぎ、兄と弟、いとこの5人で東へ逃げた。焼夷(しょうい)弾が落ちて家が燃える音、馬の悲鳴…。米軍のB29爆撃機が自分ばかり追ってくる-。そんな恐怖を感じ、たびたび足を取られた。お気に入りの童謡のレコードを置いてきたことに後ろ髪を引かれたが、「3回も転んだら、持って逃げてもどうせ割れてたよね」と諦めがついた。...

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