被災運休の鉄道マン、代替バス通じ知った地域のくま鉄愛

 昨年7月の熊本豪雨で被災して運休中の第三セクター、くま川鉄道(くま鉄)の社員たちが、代替バスの運行支援に奮闘している。鉄道運転歴30年以上の村松幸弘さん(64)もその一人だ。鉄道復旧準備のため退職時期を1年延長。ハンドルを誘導棒に持ち替え、バスの定時運行を支えている。

 「はい、おつかれさーん」。6月上旬の夕方、球磨中央高(熊本県錦町)前の停留所で、村松さんがバスに乗り込む生徒一人一人に声を掛けていた。

 くま鉄は利用者の8割が高校生。通学の足の再開を望む生徒や保護者の要望で、豪雨の2週間後から代替バスを運行している。社員は朝と夕方に高校近くの臨時停留所に立ち、信号のない横断歩道での生徒の誘導や定期券の確認を続けている。

 旧国鉄やJRで九州各地の路線を運転していた村松さん。運転士不足に悩んでいた地元のくま鉄に請われ、JRを定年退職した2017年に入社した。人吉市と湯前町を結ぶ24・8キロのローカル線の運行を担いながら、最年長運転士として後輩たちを指導してきた。

 昨年7月の豪雨直後は自宅待機を命じられ、2日後に事務所のある人吉温泉駅(人吉市)に出向くと、見慣れていた風景は一変していた。

 線路には土砂や流木が押し寄せ、全5車両はエンジンなどに泥水が入って動かせなくなっていた。1937年建造の国登録有形文化財で、度重なる水害にも耐えてきた「球磨川第四橋梁(きょうりょう)」が洪水で流失した姿を見た時には、「くま鉄は終わった」と落ち込んだ。

 その後、国が復旧費の97・5%を負担し、事業者負担がゼロとなる制度を活用して復旧することが決定。今年3月で退職予定だった村松さんは会社に慰留され、再び列車を運転できることになった。

 長年続けてきた運転士とは畑違いの業務に、初めは物足りなさも。だが、バスを待つ高校生たちと部活や学校生活の雑談を重ねるうちに、心境が変化した。

 「列車を運転している時は、乗客と話す余裕はなかった。今は生徒たちと交流できるし、運休したことでくま鉄が地域からどれだけ頼られているか再認識できました」

 くま鉄は被害の少なかった肥後西村(錦町)-湯前(湯前町)の19キロ区間で今年11月の部分運行再開を目指す。村松さんも運転席に座れば、乗客と再び背中越しになる。それまでは、若者たちと語らう時間を大切にしたいと思っている。

 (中村太郎)

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