時に妖怪、時に好々爺…在職新記録迫る80歳の「官邸の守護神」

東京ウオッチ】杉田官房副長官の人物像は

 7月23日に開幕する東京五輪の新型コロナウイルス対策の実務を取り仕切る政府の番頭の“日本記録”が見えてきた。永田町周辺では知る人ぞ知る、霞が関官僚トップの杉田和博官房副長官(80)。開幕2日後には在職3134日となり、古川貞二郎氏(佐賀県出身)を抜き歴代1位となる見通し。菅義偉首相の信頼は厚く、「官邸の守護神」「影の総理」との異名をとり、官僚からは畏怖されるほどだ。昨年8月から杉田氏を追いかけてきた記者が、その人物像に迫った。

事務方トップ、歴代最長は3133日

 6月上旬の昼下がり。普段はピシッとしたスーツ姿の杉田氏が、沖縄の白っぽい「かりゆしウエア」姿で首相官邸のエレベーターからエントランスに突如降り立った。その姿に驚く記者団を横目に、さっそうと車に乗り込んだ。

 仕事の合間を縫って向かった先は、都内の新型コロナのワクチン接種会場だった。わずか1時間後、接種を終えて官邸に戻った杉田氏は「痛みはなかった。いつ注射を打ったのか分からないぐらいだったよ」と記者団にほほ笑みかけ、すぐさま仕事に戻った。真っすぐに伸びた背筋と精力的な働きぶりは、とても御年80歳とは思えない。

 一般的になじみが薄い官房副長官だが、主な仕事は官房長官や首相をサポートすること。3人いる副長官のうち2人は衆参の国会議員で、警察庁出身の杉田氏は事務方トップとして君臨している。首相の記者会見には必ず同席しており、首相の左後ろで、官房長官と並び座っているうちの一人でもある。

 現時点での官房副長官の歴代最長は村山、橋本、小渕、森、小泉の各内閣で3133日(約8年7カ月)務めた古川氏だ。

警察庁出身、人事権を一手に

 杉田氏とはどんな人物なのか。

 埼玉県出身。東大法学部卒業後、1966年に警察庁に入庁。神奈川県警本部長などを経て、94年10月に警察庁警備局長に就任。オウム真理教による地下鉄サリン事件や国松孝次警察庁長官狙撃事件(いずれも95年3月)、ペルー日本大使公邸占拠事件(96年12月)などを担当した。

 「(ちょうほう)=インテリジェンス=のプロ」として、内閣情報官や内閣危機管理監も務めた。2012年12月、第2次安倍内閣発足に伴い副長官に起用された。17年8月からは中央省庁の幹部人事を一元管理する内閣人事局長も兼任しており、20年9月の菅内閣発足後も続投している。

 霞が関の府省庁に情報網を張り巡らせ、人事権を一手に握っており、どことなく謎のベールに包まれた存在が故に、週刊誌などでは「妖怪」などと称される。

 こんな逸話もある。元警察庁のキャリア官僚の著者による告発ノベル「官邸ポリス」(講談社)で、陰で政権を支える特別高等警察を目指す「瀬戸副長官」のモデルと言われている。

 作中には、どこかで聞いたようなエピソードが並ぶ。たとえば、首相に近い記者に女性暴行容疑で逮捕状が出たが、警察署に圧力をかけて執行を中止させる。交友関係が広い首相夫人の護衛、事務次官を尾行したらいかがわしいバーに出入りしていた-。当の本人は「いいかげんなことを書くよなぁ」と周囲に強く否定しているという。

沖縄、コロナ、皇位継承…不祥事まで

 「よろしくね。どこから来たのかい?」。昨年8月1日、初めて担当記者としてあいさつすると、杉田氏は拍子抜けするほど気さくだった。

 この日から杉田氏を、朝から晩まで追いかける日々が始まった。

 首相や官房長官のように表の動きが目に見えるわけではない。いったん官邸に入ってしまえば、その行動は詳しくは分からないが、日中は官邸で次官級官僚からさまざまな報告を受け、指示や助言を行うなど、とにかく忙しいという。「政府の重要案件は基本的に杉田さんに報告が上がる。官邸の生き字引のような存在」(官邸筋)というわけだ。

 杉田氏が関わる案件は幅広い。沖縄担当のほか、コロナ対策、ワクチンの自衛隊大規模接種会場の運用、安定的な皇位継承策でも実務面を取り仕切る。警備・公安畑を歩んできた経歴から、危機管理の「プロ」として、政権の不祥事にも対応することもある。

 最も注目されたのが昨年9月、発足直後の菅政権を揺るがした日本学術会議の会員候補任命拒否問題だ。会議側との事前協議で重要な役割を担った「キーマン」として、人事介入が疑われた。

 この10カ月間、政権中枢の杉田氏の本音を探ろうと、安倍政権の終幕、菅政権の誕生、総務省の接待問題、度重なる緊急事態宣言など、さまざまなやりとりを繰り広げた。好々爺(や)然とした柔和な笑顔だが、その瞳の奥にある眼光は鋭い。杉田氏との日々のせめぎ合いは、記者生活13年の中でも味わったことのない独特の緊張感に満ちている。

五輪開幕2日後、未踏の頂へ

 今、杉田氏の頭の中心にあるのはワクチン接種の加速、そして、「安全安心の東京五輪」の実現だと言われている。政府関係者は「首相の思いを具現化する。それが杉田さんの信念なんだ」と断言する。

 五輪のコロナ対策を検討する組織委員会と東京都、政府による調整会議のトップを務め、アスリート、大会関係者への厳格な行動管理や、国内在住者への感染防止に知恵を絞ってきた。

 そんな杉田氏は高齢でもあり、内閣改造のたびに退任が取り沙汰されてきた。それでも、副長官職を長く続けてきたこつについて、杉田氏は周囲にはこう話しているそうだ。

 「坂道があれば上の方を見ては駄目だ。あんまり先の方を見てしまうとつらくなるから、目の前だけをひたすら見る。そうすると、『なんだ坂こんな坂』でいつの間にか高いところに来ているものです」

 杉田氏が約8年7カ月にわたる坂道を上り、前人未到の頂に到達するであろうその日。国中が五輪の熱狂に包まれるのか、それとも-。杉田氏の眼前には、どんな光景が広がっているだろうか。(前田倫之)

関連記事

PR

PR