【日高逸子物語】「1年は球拾い」で退部 次に目指したコマネチ

「水上のグレートマザー」日高逸子物語(7)

 日高逸子は1977年4月、奨学金制度を使って宮崎県串間市の県立福島高校に入学した。朝5時に起きて新聞配達を終えると、自分と兄の弁当を作って家を出る。帰宅後は家事や農作業の手伝いもあったが、どうしてもやってみたいことがあった。

 それはテニスだった。小学生の頃に放送されたテレビアニメ「エースをねらえ!」に憧れていたのだ。

 「私も華麗にラケットを振ってみたい」

 胸をときめかせ、すぐに入部届を出した。しかし、夏を迎えてもひたすら球拾いと声出しの毎日。南国のうだるような炎天下、日差しが肌を焦がす。

 「もう我慢できない」。思ったら口に出さずにはいられない性格だ。先輩に聞いた。

 「いつまで球拾いすればいいんですか」

 返ってきた答えは「2年になるまで」。「1年に練習はない」とまで言われ、すぐさま退部届を出した。...

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