「まだ大丈夫」が最後の会話 古里に探す在りし日の笑顔

 福岡県朝倉市の石詰集落。市内に住む森山恒彦さん(65)は5日午後、犠牲となった兄の小嶋茂則さんとユキエさん夫妻=ともに当時(70)、母のミツ子さん=同(92)=が暮らした自宅跡を訪れた。妻ちどりさん(62)と手を合わせ、心の中でつぶやいた。「いろいろあったけど、くじけんで頑張ってるから。これからも見守ってよ」

 4年前の7月5日午後。集落から約8キロ離れた場所に住む森山さんは、降り続く豪雨に不安を覚え、ユキエさんに電話をかけた。

 川の水が道路に流れ出ていることを知り、すぐに避難を促した。しかし、返ってきた言葉は「(茂則さんが)まだ大丈夫と言ってるから」。最後の会話だった。数日後に見た集落は、土砂や流木で一面覆われ、家は流されていた。

 行きたいけど、行きたくない-。4年間、古里への思いは揺れ動いた。長らく行方が分からなかった茂則さんの身元が確認されたのは被災した約5カ月後。先に判明したミツ子さん、ユキエさんと一緒に弔うことができた。「自分の中で一つの区切りを付けられたんだと思います」。しばらく遠ざかっていた古里に足が向くようになった。

 車には3人が写った写真を乗せ、折を見て集落に通い続ける。「3人とのかけがえのない思い出が詰まっている。古里は心のよりどころなんです」。大切な人を失った悲しみが癒えることはないが、悲嘆に暮れるばかりではいけないと思えるようになった。「いつまでもくよくよしてたら、母さんに怒られそうで」

 なぜ、あの時、もっと強く避難するように言えなかったのか-。自分を責めた時期もあった。だが、今は「早め早めに避難することは、3人が残した最後のメッセージ」だと思う。

 自宅跡の近くには流失を免れた「生家」が残る。今後、裏山に建設される砂防ダムの計画に伴い、取り壊される予定という。「生きた証しを集落にとどめたい」と、花が好きだったミツ子さんらのために木を植えるつもりだ。体力が続く限り、これからも通いたい。在りし日の笑顔の姿に思いをはせ、前を向いて生きていく。

 (横山太郎)

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