直木賞はどの作品に 西田藍さん、酒井信さんが展望

 第165回芥川、直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が14日、東京の料亭・新喜楽で開かれる。福岡市出身の佐藤究さんら5作がノミネートされた直木賞の展望を、明治大准教授の酒井信さんと文芸アイドルで書評家の西田藍さんが語り合った。

-まずは山本周五郎賞も受けた佐藤究さんの「テスカトリポカ」から。

 酒井 器の大きな小説だと思いました。秋田のマタギを重厚に描き、周五郎賞と直木賞を同時受賞した熊谷達也さんの「邂逅(かいこう)の森」の壮大さに匹敵する内容。エンターテインメント性も高い。麻薬密売人(ナルコ)の暴力に支配されたメキシコの地方都市や臓器売買が横行するジャカルタ、川崎の裏社会の雰囲気がよく出ている。タランティーノやキュアロンの映画とは別の角度からメキシコを描いている。

 西田 一番好きだった作品。メキシコの麻薬戦争は世界的にもホットなトピックで、フィクションに使われているし、ネットフリックスにもドキュメンタリーがたくさんある。虐待されている子どもや治安の悪い地域で育つ子どもなど、貧困がものすごく丁寧に書き込まれている。

-アステカの神話が随所に登場する。

 西田 神話の部分が好きじゃないという人もいるかもしれないけれど、それがなければ成立しない小説。生きたまま心臓をえぐり出すという残虐性に説得力を与えている。

 酒井 保育士がストレスでコカイン中毒になるといったディテールがリアル。川崎に客船が停泊し、オリンピックのどさくさ紛れで臓器売買を行う筋書きもうまい。「川崎市民の歌」のサビが心に刺さる。

-一方、呉勝浩さん「おれたちの歌をうたえ」は長野の裏社会がテーマ。

 西田 勘違いやすれ違いで人が亡くなるという話が苦手で、面白かったけれどちょっと悲しすぎた。このテーマやストーリーを受け入れるには私はまだ子どもなのだと思いました。

 酒井 松本の裏社会に焦点を当てた点は面白かった。物語を重層的に展開しようとした意欲も買える。ただ、同じように地方都市の暗部を描き「夜の仕事」の運転手が登場する傑作として、佐藤正午さんの「鳩(はと)の撃退法」がある。佐藤さんの作品には世代を超えて伝わるユーモアがあるが、この作品はどうか。

-作中に出てくる萩原健一さんの「ブルージンの子守唄」(1972年)などは、ある世代には刺さるのではないか。

 西田 だろうなとは思いました。ただ、昔の事件は情報が多くて分かるんですが、文化は難しい。音楽やファッションなど当時の若者が好んだ文化の根本が理解できなかった。

-澤田瞳子さんは「星落ちて、なお」で5度目の候補。

 酒井 河鍋暁斎(かわなべきょうさい)と暁翠(きょうすい)の父娘という着眼点が面白い。幕末から明治まで活躍し「画鬼」と呼ばれた絵師を父に持つ女性絵師の生涯が、昭和の戦前期までバランス良く書かれている。読み物として楽しめた。

 西田 今まで美術館で適当に見ていた作品がつながった気がした。色恋でもめまくっているところも面白かった。いろんな人がもめたりくっついたりという心理描写が良かった。

 酒井 その一方で、絵師の人生を小説で描くことの難しさも垣間見えた。

-砂原浩太朗さんは同じく時代小説「高瀬庄左衛門御留書」で初ノミネート。

 酒井 江戸時代の武士は現代の地方公務員のようなもので、組織内の人間の生き方を工夫して読ませていてリアリティーがあった。ただ、舞台が架空の場所なので現実の歴史との接点が薄く、味気なさも感じた。

 西田 架空の世界だからこそ現代的な感覚で読んだが、ラストが少し残念でした。妻にも息子にも先立たれたおじさんがすごく頑張るという話で、お嫁さんとお嫁さんの弟たちが来て疑似家族みたいにワチャワチャするところが好きだった。ところが、最後にお嫁さんと色っぽい感じになりかけたのが残念。そこはにおわせるだけで、お互いに秘めていてほしかった。

-一穂ミチさんも短編集「スモールワールズ」で初候補入り。

 酒井 ボーイズラブの作家らしく、内面描写がうまい。暴行事件を起こして甲子園行きを取り消された元高校球児や流産を繰り返すファッション・モデルなど、現代的なマイノリティーを純文学的に描いている。

 西田 「魔王の帰還」という作品が一番好きだった。深刻なことを書いているのに楽しく読めるし、読み終えてもいい気持ちで満たされた。

 酒井 登場人物が実存的な悩みを抱えていて、芥川賞向き。コンビニのイートインコーナーなど何げない場所の描写もうまい。固有性と抽象性のバランスがとれている。ただ、全6編のうち前半3作はすごくいいが、後半は改善の余地があると思った。

 西田 日本は世界的に中絶法が遅れているといわれ、中絶と流産の処置が一緒。妊娠出産は病気じゃないとされ保険適用外なので、流産の処置は医療のはざまとなってしまう。小説の中でちょっとずつ彼女がおかしくなる感覚が分かる気がした。

-直木賞を射止めるのは?

 西田 「テスカトリポカ」。いろんなテーマを描きながらどれも雑じゃなく、全てを丁寧に描ききっている。ぶっちぎりだと思う。強いて対抗を挙げると「星落ちて、なお」。

 酒井 僕も「テスカトリポカ」。純文学から出発し、作家としての固有性を地に足の着いた関心をもとに、洗練された内面描写で手に入れた。頭一つ抜けているが、次点を問われれば「スモールワールズ」。

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 さかい・まこと 1977年、長崎市生まれ。明治大国際日本学部准教授。専門は文芸批評・メディア文化論。著書に『吉田修一論 現代小説の風土と訛(なま)り』『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』など。本紙で「現代ブンガク風土記」を連載中。

 にしだ・あい 1991年、熊本県生まれ。『ミスiD(アイドル)2013』で準グランプリとなりデビュー。NHK Eテレ「ニッポン戦後サブカルチャー史」出演。文芸アイドル、書評家として、SF、女性史など幅広いテーマで執筆活動を行う。

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