【日高逸子物語】四畳半に共同トイレ…重労働で「もう限界」

水上のグレートマザー日高逸子物語(10)

 上京した19歳の日高逸子は、大都会の街並みに目を丸くした。見たことのない超高層ビル、きらびやかなネオン街、見渡す限りの人の海…。1980年代の東京は、田舎を出て自由をおうする若者たちであふれていた。

 晴れてその一員となり、専門学校「東京製菓学校」への入学は決まっていたものの、生活費と学費は自分で稼がなければならない。アパートを借りる金もなかったため、折り込み広告で見た「住み込み可」の新聞販売店に、あらかじめ履歴書を送っていた。

 上京したその足で豊島区にある販売店を訪ねると、中年の男性店主が顔を出した。

 「ああ、日高さんね。ところで大学はどこ?」

 履歴書を読んでいないのかと不審に思いながら、きっぱりと答えた。

 「いえ、大学ではなくて専門学校に通うんです」...

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