コロナ禍でみとれなかった家族へ 記事と絵で「遅い見送り」

 新型コロナウイルス禍に亡くなった人を追悼する記事とイラストを新聞に掲載したり、美術館で展示したりする取り組みが韓国釜山市で続いている。病院や介護施設の面会が制限され、家族による最期のみとりが難しくなる中、社会全体で故人を悼もうと地元紙の釜山日報や市立美術館などが企画した。臨終に立ち会えなかった遺族が思いを吐露し、気持ちを整理する機会にもなっている。

 パク・○ジャ(1927年2月~2020年12月26日)。「いつも温かい笑顔で迎えてくれたことを、必ず覚えておきます。今になって振り返ってみれば、全ての瞬間が懐かしく名残惜しいです。愛しています」

 昨年12月に93歳で亡くなった金敏貴(キム・ミンギ)さん(41)=釜山市=の祖母を追悼する記事が5月、釜山日報に掲載された。金さんが寄せたメッセージのほか、新聞を読む祖母の絵も添えられた。「90歳を過ぎても時事や政治への関心が高く、知的だった祖母にそっくりで驚いた。死を芸術に昇華させており、美しく感じた」と金さんは語る。

 祖母は昨年12月に末期の胃がんが見つかり、療養病院に入院。10日ほどで亡くなったという。金さんが祖母に対面したのは、葬儀場の安置室。生前に別れの言葉を掛けたり、手を握ったりすることはかなわなかった。「19年に、旧盆に当たる秋夕(チュソク)に会ったのが最後で、コロナの感染拡大のためずっと会えなかった。いつも元気だったので安心しすぎたのかもしれない」と悔やむ。

 追悼企画は今年、芸術家の朴彗秀(パク・へス)さん(47)=龍仁市=と釜山市立美術館、釜山日報の3者が共同で始めた。企画名は「遅い見送り」。コロナ禍で追悼する時間が十分にない遺族の気持ちを癒やす一方、コロナが原因で亡くなった人や遺族に対する偏見をなくす狙いもあった。

 きっかけは15年、朴さんがスウェーデンで見つけた新聞の追悼記事だった。「故人を象徴する小さな絵と短い文章に遺族の愛を感じた。知らない人の死でも気の毒に思い、遺族を慰める気持ちになることがコロナの時代に必要だ」と語る。

 企画に取り上げる追悼メッセージはインターネットで募集。朴さんは遺族をインタビューし、やるせない思いを初めて知った。「愛する家族を失ったのに、周囲から『コロナ死亡者の家族』『伝染病家族』と非難され、この事態を招いたのは自分たちのせいだと自らを責めていた。遺族は批判を恐れて沈黙していた」

 4月から釜山市立美術館で追悼記事とイラストの展示も始めた。これまでに4万人超が訪れたという。遺族への二次被害を防ぐため、メッセージを寄せた人の名前を分からないようにするなど配慮した。同館の朴鎮希(パク・ジンヒ)さん(48)は「遺族の方からは皆さんが一緒に追悼してくれたので、もう寂しくないと言っていただいた」と胸をなで下ろす。

 釜山日報で追悼企画を担当する吳琴娥(オ・グマ)記者(49)は「毎日、コロナ感染者が何人確認されたというニュースに関心が集まり、その裏側で涙を流す遺族を顧みていなかった。国は遺族を精神面から支援するプログラムを一日も早く実施してほしい」と訴えた。

病院や葬儀場で働く人々も心を痛め

 新型コロナウイルスに感染し亡くなった人の遺族には、病院で臨終に立ち会えなかっただけでなく、死後ひつぎに近づくことさえ許されなかった人もいる。感染対策がもたらす厳しい現実に、病院や葬儀場で働く人々も心を痛めている。

 「病棟を訪れた息子は、父親が映った画面をなで続けていた」。釜山大病院の国家指定入院治療病棟で看護師長を務める李政玧(イ・ジョンユン)さん(44)によると、病室を中継するモニター画面越しに最期の別れを迎える患者と家族は少なくないという。

 遺族が「コロナ感染者と接触した人」と見なされ、葬儀場から敬遠されることもある。「患者が孤独な死を迎えているのに、遺族もそっぽを向かれると悲しみが倍増する」と懸念する。

 釜山市の葬祭施設、釜山永楽公園はコロナで亡くなった人の火葬を受け入れてきた。担当する成叡璘(ソン・イェリン)さん(25)によると、遺体は医療機関などからひつぎに入った状態で運び込まれるが、感染対策のため遺族は近づくことができないという。成さんは「本当は遺族に近くで故人を見送ってもらいたい気持ちがある。ただ、新たに感染者が発生すれば、他の人の火葬もできなくなる。とても残念だ」と心苦しそうに話した。

(釜山・具志堅聡)

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